初恋カレイドスコープ

 後日、弊社ビルまでやってきたのは、二人組の若い女性記者だった。

 淡いピンクでまとめられたオフィスカジュアルが目に眩しい。私もああいうの買ってみようかな。いつもパンツスーツばっかりだし。

「お会いできて光栄です、椎名社長代理」

「こちらこそ。今日はよろしくお願いします」

 さっきまで社長室で「いやだ」「めんどくせえ」「全部凛ちゃんのせいだ」「後で覚えてろよ」とさんざん繰り返していた玲一さんは、今や煌びやかな若き経営者の顔で彼女たちの握手に応じている。ほーら玲一さん、記者の方々がちょっと顔なんか赤らめてるじゃない。あんまりそうやって笑顔を振りまかれると、私は複雑な気分になるんですけど。

(まあ、仕事だから仕方ないんだけどさ)

 今回のインタビューは弊社スポーツクラブの宣伝を兼ねるということで、記事に載せる写真については実際にクラブで撮影することになっている。今日はまずインタビューだけ済ませて、写真はまた別日に撮影の予定だ。スポーツクラブのマネージャーは内装の準備に大わらわになっているらしい。

「では、簡単なインタビューをさせていただきますね」

 記者さんたちと向かい合わせに座って、玲一さんは笑顔で応じる。私も彼の隣に腰かけ、念のために備忘録用のノートを開く。

 質問の内容に真新しいものはない。一華社長から会社を引き継いだことや、お仕事への向き合い方。雑誌のターゲットが女性だからか、姉との接し方や働く女性への印象、好きな女性のタイプなんかも根掘り葉掘り聞かれている。

「姉は僕にとって母親代わりのような存在です。頼れる人ですが、同時に頭が上がらない相手でもありますね」

「弊社は女性中心で成り立っており、様々な分野で多くの女性に活躍してもらっています。生き生きと働く女性の姿はとても綺麗で魅力に溢れ、見ているだけで僕も背中を押されているような心地になります」

「恥ずかしい話ですが、好きなタイプを聞かれてもあまり浮かばないんですよね。好きになった相手の丸ごとすべてが僕の好きなタイプ、ということでよろしいでしょうか」

 笑顔ですらすらと回答を述べる、玲一さんの回転の速さ。

 隣で聞いているだけでほれぼれしてしまうほどスムーズだ。もちろんいくつかの質問については事前にメールで教えてもらっていたけど、話の流れで違うことを訊かれても滞りなく答えている。

 それにしても、玲一さんの好きなタイプって『好きになった人が好きなタイプ』だったんだね。……私が聞きたくても聞けなかったことをずけずけと掘り下げていくものだから、正直ちょっとありがたいような、なんだか少し複雑なような……。



「では、現在『恋』はしていますか?」



 にっこりと微笑んだ記者がその質問を口にした瞬間だった。

 ひゅっと喉の鳴る音が聞こえて、私は思わず顔を上げる。それまでずっと余所行きの穏やかな笑顔を浮かべていた玲一さんが、ほんのわずかに――たぶん目の前の彼女たちにはわからない程度に――表情をこわばらせている。

「……そう、ですね。『恋』と呼べるかはわかりませんが」

 喉の詰まったような声。

 一度軽く咳払いをして、玲一さんは改めて記者の方へ向き直る。その時にはもう、さっきの一瞬が嘘みたいに、彼は元の社長代理の表情へと戻っていた。

「今の僕の目標は、姉から預かった会社をよりよくしていくことです。そういう意味では、僕は会社に『恋』をしているのかもしれません」

 椎名社長代理らしいですね、と記者が微笑んでいる。

 私にはわかった。

 今のは嘘だ。

 玲一さんは嘘を吐いた。

 でも、会社に恋をしているのが嘘なら、彼が隠そうとした真実は――……

「――以上になります。貴重なお話をありがとうございました」

 席を立った記者たちに合わせて、玲一さんも笑顔で頭を下げる。

 オフィスを出ていく彼女たちを見送る玲一さんの背中が、いつもより少しだけ小さく見えた。
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