初恋カレイドスコープ
*
――現在『恋』はしていますか?
記者の声が頭の中で反響する。動きを止めた玲一さんの、ほんのわずかに引きつった顔。彼は明らかにあの質問に動揺し、言うべき言葉を見失っていた。
私の全力の告白を、勘違いだと笑顔で切り捨てた彼。そこから始まる爛れた関係――本当の恋の予行練習。
お付き合いというのはやっぱりできない、と言われた夜を思い出す。あのとき私はその理由について真剣に考えなかったけれど、それが誰かに『恋』をしているからだとしたら?
心の中にある特別な席を、彼は今でも誰かのためにずっと空けているのだとしたら?
(私の恋が結ばれることはない。……彼にとっての私はセフレで、特別な席に座らせられるような相手ではないんだから)
面と向かって振られたときより胸が苦しい。身体が重い。ああそうか、それなら納得だと、なんだかすっきりしてしまう自分と、それじゃあセフレでいても無意味じゃんと真剣に怒っている自分がいる。
「先輩?」
誰かに片想いしている相手に片想いする不毛な私。
「……先輩?」
しかも私にはその相手がどこの誰なのかもわからない。
「せんぱーい」
勝つ見込みなんて欠片も見当たらない、あまりにも無謀な恋模様。
「せ、先輩……?」
このままセフレを続けたところで、私は幸せになれるのか……?
「先輩!!」
「うわあっ!」
耳元で聞こえた大声に思い切り肩が跳ね上がる。
そしてその拍子、何か固いものにごつんとおでこをぶつけ、私はあまりの激痛にその場で小さくうずくまった。
「わあああ! 先輩! すみません!!」
大慌ての松岡くんが私の周りをバタバタと駆けまわる。蹴飛ばされそうで却って危ない。どうやら私は彼の顎か何かに額をぶつけてしまったらしい。
「ど、どうしたの、松岡くん……」
「どうしたのじゃないですよ! 自販機の前で固まったまま呼んでも全然動かないから、先輩とうとう充電切れでフリーズしたんじゃないかと思って」
「松岡くん私のことロボットか何かだと思ってるの?」
「俺にとっての先輩はいつでも美少女アンドロイドですよ!」
別に少女って年でもないし、そもそもふたつも年下の松岡くんに少女呼ばわりされるのは複雑だ。
私は押した覚えのない缶コーヒーを取り出し「驚かせてごめんね」と松岡くんに押しつける。何を飲もうとしていたのかはいつの間にか忘れてしまった。しいていうなら……お酒が飲みたい。あるいは豚骨ラーメンのスープ。
「え、いいんですか? ごちそうさまです」
「うん、苦手だったら他の人にあげて」
「いや、絶対に自分で飲みます。……それで先輩、俺からのメッセ見てくれました?」
言われて少しひやりとして、スマホのメッセージアプリを確認する。昨日の夜、松岡くんからメッセージが一件来ていたようだ。
昨夜は……ああ、玲一さんと一緒にいたんだ。玲一さんはインタビューの件を本気で根に持っていたみたいで、ベッドの上で結構な落とし前をつけさせられた結果、へとへとのへろへろになりながら帰ってすぐ寝てしまったんだっけ。
「ごめん、気づかなかった」
「いや、いいんですよ。ええと、返事だけ今聞いちゃってもいいですか?」
――明日の夜、よければ一緒に夕飯食べに行きませんか?
昨夜に『明日の夜』ってことは、つまり今夜ってことだよね? 例の如く予定なんてないし、それに丸一日メッセージ無視してしまっていた手前、ここで断るのも気が引ける。
「わかった、いいよ」
お詫びもかねて、ここは先輩として付き合わせてもらおうじゃないか。
私が言うと、松岡くんはぱあっと表情を明るくして、
「本当ですか!? 嬉しいです!」
と、そのまま抱きつきかねない勢いで喜んでくれた。
「じゃあ、帰らないで待っててくださいね。俺、秘書室まで迎えに行くんで」
「いいよ。適当に仕事して待ってるから」
「約束ですよ。絶対に帰らないでくださいね」
見えない尻尾をぶんぶん振って軽い足取りで去っていく。なんで私が約束を忘れて帰ると思っているんだろう?
なんだかよくわからないけど、喜んでくれるならまあいいか。私は彼の背中を見送り、自分の秘書室へと引き返した。
――現在『恋』はしていますか?
記者の声が頭の中で反響する。動きを止めた玲一さんの、ほんのわずかに引きつった顔。彼は明らかにあの質問に動揺し、言うべき言葉を見失っていた。
私の全力の告白を、勘違いだと笑顔で切り捨てた彼。そこから始まる爛れた関係――本当の恋の予行練習。
お付き合いというのはやっぱりできない、と言われた夜を思い出す。あのとき私はその理由について真剣に考えなかったけれど、それが誰かに『恋』をしているからだとしたら?
心の中にある特別な席を、彼は今でも誰かのためにずっと空けているのだとしたら?
(私の恋が結ばれることはない。……彼にとっての私はセフレで、特別な席に座らせられるような相手ではないんだから)
面と向かって振られたときより胸が苦しい。身体が重い。ああそうか、それなら納得だと、なんだかすっきりしてしまう自分と、それじゃあセフレでいても無意味じゃんと真剣に怒っている自分がいる。
「先輩?」
誰かに片想いしている相手に片想いする不毛な私。
「……先輩?」
しかも私にはその相手がどこの誰なのかもわからない。
「せんぱーい」
勝つ見込みなんて欠片も見当たらない、あまりにも無謀な恋模様。
「せ、先輩……?」
このままセフレを続けたところで、私は幸せになれるのか……?
「先輩!!」
「うわあっ!」
耳元で聞こえた大声に思い切り肩が跳ね上がる。
そしてその拍子、何か固いものにごつんとおでこをぶつけ、私はあまりの激痛にその場で小さくうずくまった。
「わあああ! 先輩! すみません!!」
大慌ての松岡くんが私の周りをバタバタと駆けまわる。蹴飛ばされそうで却って危ない。どうやら私は彼の顎か何かに額をぶつけてしまったらしい。
「ど、どうしたの、松岡くん……」
「どうしたのじゃないですよ! 自販機の前で固まったまま呼んでも全然動かないから、先輩とうとう充電切れでフリーズしたんじゃないかと思って」
「松岡くん私のことロボットか何かだと思ってるの?」
「俺にとっての先輩はいつでも美少女アンドロイドですよ!」
別に少女って年でもないし、そもそもふたつも年下の松岡くんに少女呼ばわりされるのは複雑だ。
私は押した覚えのない缶コーヒーを取り出し「驚かせてごめんね」と松岡くんに押しつける。何を飲もうとしていたのかはいつの間にか忘れてしまった。しいていうなら……お酒が飲みたい。あるいは豚骨ラーメンのスープ。
「え、いいんですか? ごちそうさまです」
「うん、苦手だったら他の人にあげて」
「いや、絶対に自分で飲みます。……それで先輩、俺からのメッセ見てくれました?」
言われて少しひやりとして、スマホのメッセージアプリを確認する。昨日の夜、松岡くんからメッセージが一件来ていたようだ。
昨夜は……ああ、玲一さんと一緒にいたんだ。玲一さんはインタビューの件を本気で根に持っていたみたいで、ベッドの上で結構な落とし前をつけさせられた結果、へとへとのへろへろになりながら帰ってすぐ寝てしまったんだっけ。
「ごめん、気づかなかった」
「いや、いいんですよ。ええと、返事だけ今聞いちゃってもいいですか?」
――明日の夜、よければ一緒に夕飯食べに行きませんか?
昨夜に『明日の夜』ってことは、つまり今夜ってことだよね? 例の如く予定なんてないし、それに丸一日メッセージ無視してしまっていた手前、ここで断るのも気が引ける。
「わかった、いいよ」
お詫びもかねて、ここは先輩として付き合わせてもらおうじゃないか。
私が言うと、松岡くんはぱあっと表情を明るくして、
「本当ですか!? 嬉しいです!」
と、そのまま抱きつきかねない勢いで喜んでくれた。
「じゃあ、帰らないで待っててくださいね。俺、秘書室まで迎えに行くんで」
「いいよ。適当に仕事して待ってるから」
「約束ですよ。絶対に帰らないでくださいね」
見えない尻尾をぶんぶん振って軽い足取りで去っていく。なんで私が約束を忘れて帰ると思っているんだろう?
なんだかよくわからないけど、喜んでくれるならまあいいか。私は彼の背中を見送り、自分の秘書室へと引き返した。