初恋カレイドスコープ
松岡くんに案内されたお店は、なんだか気後れしてしまうほどお洒落な肉バルだった。
薄暗い店内はすべての席が個室か半個室となっていて、大人の雰囲気にマッチした落ち着いたBGMが流れている。
「高階先輩、肉が好きって言ってたから」
と、少し恥ずかしそうに笑いながら、私と彼は狭い個室に横並びに腰かけた。念のために弁解しておくと、別に自分からわざわざ隣に座ったわけではない。これはいわゆるカップルシート。仲良しのカップルが隣に座っていちゃいちゃしながらご飯を楽しむために設けられた部屋だ。
(なぜここにした、松岡くん)
いくら相手が松岡くんとはいえ、こうも狭い場所でくっついているとなんだかちょっと恥ずかしい。
でも今更席を変えてくれというわけにもいかないし、何より当の松岡くんはどうやらこの席でご機嫌のようだ。私は気まずさを誤魔化すように、厚めのメニューをぱらぱらめくる。
「さっきはマジでびっくりしました。社長代理って意外にちっちゃい人なんですね」
「松岡くんが大きいだけでしょ? 身長どのくらいあるんだっけ」
「186cmです! でもバスケ部ではそんなに目立たない高さでしたよ」
うーん、大きい。私とはちょうど30cmくらいの差だ。確かに私が彼と目線を合わせようとすると、うんと首を上にあげるか背伸びをするか、どちらかが必ず必要になる。
玲一さんくらいの高さだと喋るとき楽なんだけど……と、ふと去り際の彼の横顔を思い出し少しだけ背中が寒くなった。
残業を嫌う玲一さんがあんな時間まで社長室にいたのは、たぶん私と二人きりになるのを待っていたため。私は彼の甘い誘いを、今日、はじめて断った。
私たちは恋人同士じゃない。相互利益の単なるセフレだ。別に他の人と遊ぶのも自由。誰にも咎める権利はない。
でも、どうしてだろう。なんだか胸が締め付けられる。もしかしたら私は心のどこかで、彼に引き留めてもらいたかったのかもしれない。
「……ねえ。お酒、頼んでもいい?」
肉バルと言ったら美味しいお肉と一緒に飲むお高めのワインだ。飲んでもいないのに据わった目でアルコールメニューを取り出した私に、松岡くんはちょっとだけ驚いたように目を見張る。
「いいですけど、先輩、アルコール苦手ですよね?」
「……え? 知ってたの?」
「知ってますよ! いっつも飲み会の度に無理して飲んでて、俺、心配だったんですから。山田先輩なんてコールかけて高階先輩のこと潰そうとしてくるし、正直ずっと危なっかしくて見ていられなかったんですよね」
……気づいてたんだ。気づかれていたことに気づかなかった。
思い返してみれば、課の飲み会の時は基本彼が隣にいてくれたような気もする。勧められるがままガンガン飲む私に、お茶やらお水やらを差しだしながら、いつも心配そうな顔でずっと傍にいてくれたっけ。
「でも、飲みたい日ってありますよね。いいですよ、今日は飲みたいだけ飲んでください。俺がちゃんと隣で見ていますから」
いつもよりちょっと大人びた顔で、松岡くんが私の顔を覗き込む。
今まで特に意識したことなかったけど、松岡くんってイケメンなんだな。そういえば入社当初から何かと持て囃されていたっけ? 背が高くて顔が可愛くて、ちょっと天然だけど爽やかで。
こういう人の恋人になれる子は、それはそれは幸せなのだろう。だって見るからに浮気とかしなそうだし、誠実そうだし、仕事もできるし、セフレとか言わなそうだし。
「えらいえらい。君はモテるぞ」
いつもよりずっと触りやすい位置にある松岡くんの頭をぐりぐり撫でる。固めの髪質がまたわんこっぽくて、ついついテンションが上がってしまい、わしゃわしゃ両手で撫でまわしてしまう。
「……不特定多数にモテても意味がないんですけどねえ」
そう言って松岡くんは苦笑すると、私が広げたアルコールメニューを覗き「俺も飲みます」と意気込んだ。