初恋カレイドスコープ



 その日の夜、いつものように彼の車の助手席に座った私は、窓の外を横切る景色が知らないものばかりだと気がついた。いつものホテルを素通りして、見慣れない道を進んでいく。うっかり道を間違えた……というわけではなさそうだ。

 不安そうに隣で顔を見上げても、玲一さんはまるで無視して車をどんどん走らせる。

「あの……どこに向かっているんですか?」

 おそるおそる訊ねると、玲一さんは正面を向いたまま歌うように囁いた。

「俺ん家」

 ……ん?

 今、ええと……なんて言った?






 タワマンだ。

 タワーマンション。

 どこからどう見てもタワーのマンション。

 ひょええ、と凡人丸出しで煌びやかな夜景を見下ろす私を尻目に、玲一さんはずかずかと大股で部屋に入っていく。広いリビングには毛足の長いラグと買ったばかりらしきソファ。テレビの大きさも今まで見たことがないくらいのワイドさだ。

「あ、全っ然片づけてないからね」

 それは見ればわかります。

 乾燥機から出したばかりらしい洗濯物が籠に山盛り。キッチンの片隅にはお酒の空き缶が並べられている。

 でも、ドン引きするほど汚いわけじゃない。男の人の一人暮らしの平均値といったところだろうか。まあ、私は平均を出せるほど数多の部屋を見てきたわけではないけど。

「ちょっと待ってね。凛ちゃんでも飲めるようなやつを作ってあげる」

 そう言って冷蔵庫を開ける玲一さんを横目に、私はカウンターの隅に置かれた写真立てに見入っていた。これは、誰かの結婚式? 俳優みたいにかっこいい新郎と、優しそうな新婦さん。その二人の肩を抱きながら、満面の笑みの玲一さんが間から顔を覗かせている。

「お待たせ」

 そう言って玲一さんは、写真立てをなぜか後ろ向きにしてから私へグラスを差し出した。七分目までなみなみと注がれたビール……にしては、ちょっとオレンジ色が濃すぎない?

「これは……?」

「オレンジビール。ビールをただオレンジジュースで割ったやつだよ。これなら度数も半分だから、凛ちゃんでも飲めるでしょ」

 勧められるがままひとくち飲み込む。確かに、ビール独特の苦みがオレンジジュースで中和されて、まるで本当のジュースみたいにさっぱり美味しく飲めてしまう。

「美味しいですね」

「でしょ?」

 にっこり笑った玲一さんは、オレンジの味が好きならと言って、オレンジジュースを使ったカクテルを次々に作ってくれた。ミモザにハイボール、スクリュードライバー、オレンジブロッサム……。

 せっかく作ってもらったものを残してしまうわけにもいかず、私は出されたお酒を片っ端から飲み干していく。玲一さんはカウンターで頬杖を突きながら、顔を赤くしてお酒を飲む私を、横断歩道を渡る園児を見るような目で眺めている。

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