初恋カレイドスコープ



 珍しく曇った顔をした鮫島先輩が、一冊の週刊誌をミーティングテーブルへ置いた。

 見覚えのある俗っぽいタイトルは、いつぞや無断で玲一さんの記事を出したあの雑誌と同じものだ。開かれたページを覗き込んだ玲一さんが眉をひそめる。

『椎名グループの若社長と政治家の黒い繋がり! 献金の流れる先は女遊びか、それとも……?』

「……抗議状は無視されたみたいだな」

「申し訳ございません」

 頭を下げる鮫島先輩に、玲一さんは無表情のまま「お前のせいじゃないよ」と呟く。

 記事の内容は相変わらず低俗で、煽り中心のばかばかしいものだ。ぼやけた写真に写っているのは玲一さんらしき横顔と、スマートな印象の初老の男性、そして若くて綺麗な男性の三人。料亭の個室らしい和室で豪華なお膳を囲む傍で、スカートの短い女性たちがグラスを片手にはしゃいでいる。

「……社長代理。こちらのお写真にお心当たりは?」

「ごめん、ある。でもこの女たちは勝手に入ってきただけで、誰も呼んじゃいないんだよ。写真撮られる前に追い払ったはずなんだけど、一枚やられてたんだな、きっと」

 あーあとつまらなそうに声を上げ、玲一さんは記事を睨みつける。そっか、勝手に入ってきただけか。安心できる状況じゃないのに、ちょっとほっとしてしまった自分がいる。

「黒い繋がりも何も、こっちは俺の伯父で、こっちは従兄弟なんだけど……。あのオッサン本当にもうダメなんだな、昔はこんな三流記者なんかに嗅ぎつけられることもなかったのに」

 玲一さんの父方の伯父様は、少し前まで国会議員を務めていらしたという。すでに議員を辞職されて、今は静かに暮らしていらっしゃるらしい。

 だからこの記事が書き並べるような、献金疑惑だの女遊びだのは真っ赤な嘘。……でも、記事にリンクしたメディアのSNSや動画サイトでは思ったよりも多くの批判の声が寄せられているようで、下賤な連中の飯のタネにされたと私は内心歯噛みする。

「しかし、記事のメインが諏訪邉議員ではなく社長代理なのが気になりますね」

 小さく呟く鮫島先輩に、玲一さんも深く頷く。

「俺もそこは疑問だった。もう議員を辞めたとはいえ、知名度でいえば俺より伯父さんの方が遥かに上だからね。伯父さんメインの見出しにするほうが読者も食いつく気がするけど」

「前回のイケメンランキングの反響が大きかったのでしょうか」

「まさか、あんなバカ丸出しな……ああでも、あのランキング、なんか有名な動画投稿者が解説したって言ってたっけ? そのせいかなぁ……」

 メディアの主戦場は次から次へと移り変わっていく。私はその動画を見ていないけど、その筋ではちょっと名が知られているらしいゴシップ系動画投稿者が、ランクインしたイケメンたちをかなり詳細に取り上げたらしい。内容については先輩に「見ない方がいい」と言われたから、まあだいたい下品なのだろう。

「公に抗議文を出す。その上で直接殴り込みに行くか」

「わかりました。では、顧問弁護士に連絡を」

「ああいや、そっちは今ちょっと動かせないんだ。別にこんなの、脅しつければ十分だろうから」

 指先で雑誌をつまみ上げ、玲一さんはいたずらを思いついた少年みたいに笑う。

「弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男を召喚して行こうじゃないか」
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