初恋カレイドスコープ
*
弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男――と、玲一さんは言った。
だから私はその人を見たとき「知人の役者に段ボール製の手作り弁護士バッチを付けたのかな」なんて、冗談でもなく思ったのだけど。
明らかにカタギに見えない相手に一歩もひるまず突き進み、理路整然と意見を述べて相手の反論を封じ込める。
目の覚めるような美形の男性にこうも鋭く責め立てられれば、こんな噓つきのメディア記者なんてたじたじに決まっている。
結局殴り込みは完封勝利。拍子抜けするほどあっさり終わり、私たちは雑誌の回収と謝罪文の掲載を勝ち得た。
「……あの、失礼ながらご職業は……?」
松岡くんと同じくらい背が高い彼を見上げる。それにしてもモデルみたいなスタイルだ。足の長さが私の身長とまるまる同じ……は、さすがに言い過ぎか。
彼は、さっきの記者たちに向けたのと同じくらい冷たい眼差しで私を見下ろし、
「弁護士ですが」
と、抑揚なく言い捨てた。
(本物じゃん!!)
弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男って言ってたのに!!
そんな驚きがどうでもよくなるくらいの恐怖で背筋が凍りつく。なにこの目。冷たすぎる。これはあれだ、バイパス脇に投げ捨てられたコンビニ弁当のゴミを見る目だ。
にこりともしないその顔立ちは、道行く人々が思わず振り返ってしまうほど美しい。切れ長の瞳に高い鼻、さらさらのストレートヘアに、世の中の女性がみんな羨むだろう長く濃いまつ毛。
だからこそ余計に眼差しの冷たさが氷柱のように突き刺さる。私、もしかして嫌われてる? なにか気に障ることでも言った? 弁護士としての仕事をしに来た方にご職業なんて聞いちゃったから?
「あ、弁護士さんでいらっしゃるんですね……」
「はい」
「…………」
「…………」
しかも、会話が続かない!!
気まずい。ちょっと気まずすぎる。会話を続ける意思がない。むしろどちらかというと、このまま死ぬまで黙っていろという無言の圧さえ感じてしまう。
今まで生きてきた中でもこんな不愛想な人見たことがない。この顔に産まれてなぜ笑わないんだ。表情筋が死んでいるんじゃないか。
(なんてもったいない人なんだ)
これで微笑みの一つでも覚えれば、人生無双できそうなのに。……あ、もしかして、私に微笑む価値がないってだけ?
「あー、おもしろかった!」
駅のトイレから出てきた玲一さんが、清々しいほど無邪気な笑顔で言う。
殴り込みなんて社長代理が自ら赴くような仕事ではないと言ったのだけど、今日の玲一さんは私の静止にちっとも耳を貸してくれなかった。どうしても行きたい、絶対に見たいと子どもみたいにゴネた挙句、自分の仕事を超速で終わらせ、一社員のふりまでして本当にここまでついてきてしまった。
「お前が仕事してるとこ初めて見たよ。普通にやれるんじゃん、びっくりした」
玲一さんはにこにこ笑いながら弁護士さんの背中を叩く。気の置けない友人なのかな、叩かれた方も嫌な顔はせず、お互いずいぶん馴れているようだ。
弁護士さんは、さっきより少しだけ目元を穏やかに緩めると、呆れたように息を吐いて玲一さんの顔を見下ろす。
弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男――と、玲一さんは言った。
だから私はその人を見たとき「知人の役者に段ボール製の手作り弁護士バッチを付けたのかな」なんて、冗談でもなく思ったのだけど。
明らかにカタギに見えない相手に一歩もひるまず突き進み、理路整然と意見を述べて相手の反論を封じ込める。
目の覚めるような美形の男性にこうも鋭く責め立てられれば、こんな噓つきのメディア記者なんてたじたじに決まっている。
結局殴り込みは完封勝利。拍子抜けするほどあっさり終わり、私たちは雑誌の回収と謝罪文の掲載を勝ち得た。
「……あの、失礼ながらご職業は……?」
松岡くんと同じくらい背が高い彼を見上げる。それにしてもモデルみたいなスタイルだ。足の長さが私の身長とまるまる同じ……は、さすがに言い過ぎか。
彼は、さっきの記者たちに向けたのと同じくらい冷たい眼差しで私を見下ろし、
「弁護士ですが」
と、抑揚なく言い捨てた。
(本物じゃん!!)
弁護士っぽい顔で、弁護士っぽく喋る、弁護士っぽいバッチを付けた男って言ってたのに!!
そんな驚きがどうでもよくなるくらいの恐怖で背筋が凍りつく。なにこの目。冷たすぎる。これはあれだ、バイパス脇に投げ捨てられたコンビニ弁当のゴミを見る目だ。
にこりともしないその顔立ちは、道行く人々が思わず振り返ってしまうほど美しい。切れ長の瞳に高い鼻、さらさらのストレートヘアに、世の中の女性がみんな羨むだろう長く濃いまつ毛。
だからこそ余計に眼差しの冷たさが氷柱のように突き刺さる。私、もしかして嫌われてる? なにか気に障ることでも言った? 弁護士としての仕事をしに来た方にご職業なんて聞いちゃったから?
「あ、弁護士さんでいらっしゃるんですね……」
「はい」
「…………」
「…………」
しかも、会話が続かない!!
気まずい。ちょっと気まずすぎる。会話を続ける意思がない。むしろどちらかというと、このまま死ぬまで黙っていろという無言の圧さえ感じてしまう。
今まで生きてきた中でもこんな不愛想な人見たことがない。この顔に産まれてなぜ笑わないんだ。表情筋が死んでいるんじゃないか。
(なんてもったいない人なんだ)
これで微笑みの一つでも覚えれば、人生無双できそうなのに。……あ、もしかして、私に微笑む価値がないってだけ?
「あー、おもしろかった!」
駅のトイレから出てきた玲一さんが、清々しいほど無邪気な笑顔で言う。
殴り込みなんて社長代理が自ら赴くような仕事ではないと言ったのだけど、今日の玲一さんは私の静止にちっとも耳を貸してくれなかった。どうしても行きたい、絶対に見たいと子どもみたいにゴネた挙句、自分の仕事を超速で終わらせ、一社員のふりまでして本当にここまでついてきてしまった。
「お前が仕事してるとこ初めて見たよ。普通にやれるんじゃん、びっくりした」
玲一さんはにこにこ笑いながら弁護士さんの背中を叩く。気の置けない友人なのかな、叩かれた方も嫌な顔はせず、お互いずいぶん馴れているようだ。
弁護士さんは、さっきより少しだけ目元を穏やかに緩めると、呆れたように息を吐いて玲一さんの顔を見下ろす。