初恋カレイドスコープ



 真新しいスポーツクラブのピカピカの建物へ足を踏み入れる。

 柔らかなペールブルーで統一された壁紙や調度品は、ここのマネージャーがこだわりにこだわりを重ねて選び抜いたものだという。キラキラと目を輝かせながら紹介を続ける男性マネージャーを、玲一さんは微笑ましそうに目を細めて眺めている。

 カートライト社の依頼を受けて、女性向けファッション誌にインタビュー記事を載せることになった玲一さん。

 インタビューはすでに済ませてあるけど、記事用の写真の撮影だけがずっと延び延びになっていて、今日ようやく撮影を開始できる運びとなった。

「ご無沙汰しています、椎名社長代理。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。格好良く撮ってくださいね」

 前回もいたインタビュアーの記者さんと、今日が初対面のカメラマンさん。どちらも華やかな若い女性で、いかにも女性向けファッション誌といった感じだ。

「はい、そこで止まっていただいて……目線だけこちらへください、少し笑って、……そうです!」

 パリッとしたスーツ姿で立つ玲一さんの姿を、カメラマンが右から左から大量に撮って回っている。そして玲一さんも彼女の指示を受けながら、モデル顔負けの決め顔でたくさんのフラッシュを浴びている。

 玲一さんは自分のビジュアルが優れているという自覚がある。だから嫌だ嫌だと言いながらも、会社の利益につながるのならと、自分の顔すら武器に使ってこうして仕事をこなしているのだろう。

「さて、次はどちらで撮影しましょうか」

 トレーニングルームにヨガスタジオ、大浴場に更衣室。新装のにおいのするクラブの中を所狭しと歩き回りながら、玲一さんは常にカメラに晒され続けている。

 さすがにそろそろお疲れかと思ったけど、その表情は未だに明るい。撮影用の笑顔をばっちりキープして……本当、すごい人。

「お次は是非、私の一番のおすすめで撮影していただけないでしょうか!」

 そう言って意気揚々と進むマネージャーの後ろについて、更衣室のさらに奥へと進む……そのとき、私の前を歩いていた玲一さんの足が唐突に止まった。

「社長代理?」

「…………」

 立ちすくむ社長代理の表情は私の位置からは見えない。

 そして、私たちの数歩先でくるりと振り返ったマネージャーは、

「こちらが我が施設の目玉! 巨大温水プールです!」

 と、両開きの扉を派手に開け放って見せた。

 ガラス張りの天井から柔らかな光が差し込むプールは、四方からの明かりを取り込んできらきら淡く輝いている。

 立ち込める熱気と塩素のにおい。天井に揺れるカラフルな旗。パステルカラーで彩られた、見ているだけでわくわくするほど綺麗でおしゃれな温水プールだ。

「実は、こちらの準備が遅くなったせいで、撮影のスケジュールも少し延びてしまいまして……。でもその分、どこに出しても恥ずかしくない最高の温水プールに仕上げましたよ。さあ、社長代理もご覧になってください!」

 ご機嫌で促すマネージャーに、玲一さんは無言のまま。先にプールへと入った記者たちが「わあ綺麗」とか「写真映えしそう」とか明るい声を上げている。

「社長代理……?」

 私が声をかけてようやく、社長代理はハッと我に返ると、戸惑いの表情で私の方を振り返った。額に滲んだ汗の粒が吐息とともにぽたりと落ちる。ゆっくりと肩を上下させて、必死に酸素を取り込んでいるみたいだ。

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