初恋カレイドスコープ
*
小学校の卒業アルバム、凛ちゃんはまだ手元に持ってる? 実家の押し入れの中とかかな。普通はずっと取っておくらしいし。
俺ね、小学校のアルバムは無いの。実家の庭で燃やしたから。冗談じゃないよ、マジで燃やした。火事かと思ってすっ飛んできた一華ちゃんにぶん殴られた。
でもね、どうしても取っておきたくなかったんだ。小学生の頃の俺って、今じゃちょっと信じられないくらいにデブで不細工で格好悪いから。
太り始めたきっかけなんて、今となっては思い出せない。気づけば毎日なにか食べていないと心が落ち着かなくなって、身体がぶくぶく膨れ上がってあっという間に肥満児だ。
ちょうどその頃ゲームにハマって視力もどんどん落ちていった。視力検査の一番上が裸眼で見えなくなっちゃってね。買ってもらった眼鏡は分厚くて、かけると目が米粒みたいに縮んだよ。
そんなデブで眼鏡でオタクな俺は、当然運動が大嫌いだった。走るのも球技もどっちも苦手。何をやっても失敗するから、体育の時間は誰が俺を引き取るかいつも押し付け合いになっていた。
そんな毎日が続いていけば、当然のようにいじめが始まる。すれ違いざまに「死ね」とか「キモい」とか、「臭いから近寄るな」とかさ。俺の隣の席になった女子はこの世の終わりみたいに泣いてたな。
学年が上へ上がるにつれて、いじめはどんどんエスカレートした。集団で殴る蹴るは当たり前。女子の前で裸にされたり、そのまま廊下に放り出されたり。給食をわざと床にこぼされて、食べろと言われたこともあった。
さて。いじめられている俺を見て、教師はいったいどうしたと思う?
『遊んでもらえてよかったな』
とね。そう言うんだよ。
これはね、決して悪意だけじゃない。たぶんあの教師たちは、半ば本気で俺があいつらに遊んでもらっていると信じてた。
理由の一つは印象だ。俺をいじめてた連中はみんな、顔が良くて明るい性格の人気者ばかりだった。人間やっぱり見た目だよ。教師はあいつらを可愛がっていて、俺があいつらに首を絞められていても『やんちゃはほどほどにしろよ』なんて笑っているくらいだったからね。
二つ目は俺に責任がある。いじめられているはずの俺が、何をされてもいつもへらへら、ずっと笑っていたからだ。
……おかしいと思うでしょ? 殴られても蹴られても、黒板消しで目を叩かれても、俺はぎゃあぎゃあわめきながら最後にはいつも笑うんだ。
これはね、たぶん凛ちゃんにはわからないだろうと思うんだけど……一方的に笑われるって、本当に、本当に惨めなんだよ。でも、一緒になって俺まで笑えば、少なくとも対外的にはみんなでじゃれあっているように見える。
はっきり言えば、俺は自分が惨めな気持ちになるのが嫌だったから、わざと無理やり一緒に笑って、いじめられていないふりをしたんだ。
これは《《いじめ》》ではありませんよと。
仲間内での《《いじり》》ですよと。
五年生のある秋の放課後、俺は小竹たちに呼び出された。小竹っていうのは、奴らの中心にいた男で……あとユカコっていう女の二人が、一番目立って怖かったな。
俺は断ることなんてできなくて、馬鹿面下げてついていったよ。だって、俺の中での俺の立ち位置はあいつらのお仲間で、いじられキャラでみんなを笑わせる存在ってことになってたからね。
連れて行かれた場所は――小学校のプールだった。夏の間のプール授業が終わり、ほったらかしにされていたプールには、前日までの豪雨の影響で雨水が溜まり、枯葉や泥、虫の死骸、どこかから飛んできたビニール袋なんかがところどころに浮いていた。
『裸になってこの中で泳げ』
プールサイドで立ちすくむ俺に、小竹はそう言った。
小学校の卒業アルバム、凛ちゃんはまだ手元に持ってる? 実家の押し入れの中とかかな。普通はずっと取っておくらしいし。
俺ね、小学校のアルバムは無いの。実家の庭で燃やしたから。冗談じゃないよ、マジで燃やした。火事かと思ってすっ飛んできた一華ちゃんにぶん殴られた。
でもね、どうしても取っておきたくなかったんだ。小学生の頃の俺って、今じゃちょっと信じられないくらいにデブで不細工で格好悪いから。
太り始めたきっかけなんて、今となっては思い出せない。気づけば毎日なにか食べていないと心が落ち着かなくなって、身体がぶくぶく膨れ上がってあっという間に肥満児だ。
ちょうどその頃ゲームにハマって視力もどんどん落ちていった。視力検査の一番上が裸眼で見えなくなっちゃってね。買ってもらった眼鏡は分厚くて、かけると目が米粒みたいに縮んだよ。
そんなデブで眼鏡でオタクな俺は、当然運動が大嫌いだった。走るのも球技もどっちも苦手。何をやっても失敗するから、体育の時間は誰が俺を引き取るかいつも押し付け合いになっていた。
そんな毎日が続いていけば、当然のようにいじめが始まる。すれ違いざまに「死ね」とか「キモい」とか、「臭いから近寄るな」とかさ。俺の隣の席になった女子はこの世の終わりみたいに泣いてたな。
学年が上へ上がるにつれて、いじめはどんどんエスカレートした。集団で殴る蹴るは当たり前。女子の前で裸にされたり、そのまま廊下に放り出されたり。給食をわざと床にこぼされて、食べろと言われたこともあった。
さて。いじめられている俺を見て、教師はいったいどうしたと思う?
『遊んでもらえてよかったな』
とね。そう言うんだよ。
これはね、決して悪意だけじゃない。たぶんあの教師たちは、半ば本気で俺があいつらに遊んでもらっていると信じてた。
理由の一つは印象だ。俺をいじめてた連中はみんな、顔が良くて明るい性格の人気者ばかりだった。人間やっぱり見た目だよ。教師はあいつらを可愛がっていて、俺があいつらに首を絞められていても『やんちゃはほどほどにしろよ』なんて笑っているくらいだったからね。
二つ目は俺に責任がある。いじめられているはずの俺が、何をされてもいつもへらへら、ずっと笑っていたからだ。
……おかしいと思うでしょ? 殴られても蹴られても、黒板消しで目を叩かれても、俺はぎゃあぎゃあわめきながら最後にはいつも笑うんだ。
これはね、たぶん凛ちゃんにはわからないだろうと思うんだけど……一方的に笑われるって、本当に、本当に惨めなんだよ。でも、一緒になって俺まで笑えば、少なくとも対外的にはみんなでじゃれあっているように見える。
はっきり言えば、俺は自分が惨めな気持ちになるのが嫌だったから、わざと無理やり一緒に笑って、いじめられていないふりをしたんだ。
これは《《いじめ》》ではありませんよと。
仲間内での《《いじり》》ですよと。
五年生のある秋の放課後、俺は小竹たちに呼び出された。小竹っていうのは、奴らの中心にいた男で……あとユカコっていう女の二人が、一番目立って怖かったな。
俺は断ることなんてできなくて、馬鹿面下げてついていったよ。だって、俺の中での俺の立ち位置はあいつらのお仲間で、いじられキャラでみんなを笑わせる存在ってことになってたからね。
連れて行かれた場所は――小学校のプールだった。夏の間のプール授業が終わり、ほったらかしにされていたプールには、前日までの豪雨の影響で雨水が溜まり、枯葉や泥、虫の死骸、どこかから飛んできたビニール袋なんかがところどころに浮いていた。
『裸になってこの中で泳げ』
プールサイドで立ちすくむ俺に、小竹はそう言った。