初恋カレイドスコープ
第九章 すれ違う想い
カートランド社の女性向けファッション誌に掲載されたインタビュー記事は、想像以上の大きな反響を私たちにもたらした。
一時的とはいえ大企業を継いだ若きイケメン社長の姿は、世間の女性の興味を引くには十分だったらしい。他の雑誌社からコラム連載の誘いが来たり、テレビ番組への出演依頼が来たり。例の婚活バラエティ番組から正式な打診が来たときは、さすがに秘書室でも笑いが起きた。
撮影の舞台となったスポーツクラブの海老名店にもオープン前から問い合わせが集まり、マネージャーが嬉しい悲鳴を上げていると聞いている。今回の仕事は大成功、玲一さんの諸々の頑張りが結果に繋がったと言えるだろう。
そしてそのインタビュー記事の余波は、こんなところにも表れた。
「高階さんって、独身だったよね?」
お昼休み、非常に珍しい鮫島先輩からの雑談の振りに、私は少しおののきながら慌てて小さく頷いてみせる。
「恋人は?」
「……いません」
「そう。実はちょっと、折り入って頼みがあるのだけど」
隣に座った鮫島先輩のスカートから覗く綺麗な足。こんなに美しく足を組む女性を私は他に見たことがない。
「実は、例のインタビュー記事の写真を見て、私の昔の後輩が貴女に興味を持ったみたいでね」
「もしかして、私がプールで泳いでいるあの写真ですか?」
「ええ。彼、今は会計課にいるのだけど、貴女と会って話がしてみたいと言っているの。どう? 見た目と出世については私が保証するけど」
これってまさか、男女のお付き合いの一歩手前みたいなお誘いなのかな。鮫島先輩経由で誘ってくるなんて、大胆というかなんというか。
「あの……すみません。私、あまりそういう経験がなくて」
「あら、そうなの? 綺麗な顔なのにもったいない。若いうちは遊べるだけ遊んで、自分の限界を知っておくのも大事でしょうに」
艶然と微笑む鮫島先輩は、いったい今までどれだけ遊んでこられたというのだろう。聞いてみたい気はするけど、聞いたら聞いたで後悔しそう。
露骨な愛想笑いを浮かべる私を見つめ、鮫島先輩はしばらく何か考え込んでいたようだけど、やがて軽く顔を上げると、
「じゃあ、こうしましょう」
私の返事なんて最初から聞いていないような表情で口を開いた。
「貴女たちと同じ世代の若い社員を集めて、部署を跨いだ交流会を開くよう、私から彼に言っておきます」
「こ、交流会?」
「それなら一対一ではないから、高階さんも気楽に参加できるでしょう? お洒落な個室で楽しく飲めるようきちんと指導しておくわ」
「は、はあ」
「無理に彼と付き合えとは言わないし、貴女は新しいお友達を作りに行くつもりで行けばいいの。気分転換だと思って、楽しんでいらっしゃい」
目尻に愛嬌のある笑い皺を刻み、にっこり微笑む鮫島先輩。
私はもうわかっている。返事は常にハイかイエスだ。鮫島先輩の放つオーラは途方もなく美しく爆裂に強い。
「……ハイ……」
完全に白旗を上げた形で了承した私を見て、鮫島先輩は心の底から満足そうにうなずいた。