初恋カレイドスコープ
*
玲一さんにつけられた傷痕は当たり前だけど消えてくれなくて、私は仕方なくタートルネックで赤らむ首を強引に隠す。
万が一傷痕を見られたときは、なんて言い訳したらいいだろう。虫に刺された? 猫に噛まれた? ……ううん、どれも不自然だなぁ。
(まあ、仕方ない。今日はただの交流会だし、襟さえ気を付ければ大丈夫なはず)
始まる前から疲れた顔で会場に到着した私は、狭い個室に並ぶ面々に大変重い頭痛を覚えた。
女三人、男三人。自分を除けば五人のメンバーのうち、顔見知りが男女ともに一名ずつ。男の方はまだいい。なんともいえない複雑な表情で私を見つめる松岡くんに、まあ今日はお互い気にせず飲みましょうと私は苦笑で目配せする。
問題は、女の方だ。
「……愛菜、どうしてここに……?」
「……凛こそ……」
気まずさ全開。かつて友達でありライバルでもあった同期の池田愛菜は、合コン用のメイクと服で居心地悪そうに座っている。でもよく見ると、まだ酒の席が始まってもいないのに彼女の目元の化粧は崩れ、瞳も少し充血しているようだ。
鮫島先輩の後輩だという会計課の男の人は、こういった席にも慣れているようで自ら進行を買って出てくれた。軽薄そうなタレ目が印象的で、まあ、イケメンと呼ばれる部類だろう。本人にもその自覚があるみたいで、立ち振る舞いがいちいち気障っぽく、私は少し癪に障る。
勢いよく乾杯をしてから、めいめい好きなもの同士でのおしゃべりが始まった。わかっていたことではあるけれど、これは確かに合コンだ。
「……あのさ」
もう一人の女の子が話し上手で目立ちたがり屋なのをいいことに、私は料理を取りながら隣の愛菜に声をかけた。
「山田先輩はどうしたの?」
「こんなところに来ている時点で答えはもうわかりきってるでしょ」
別れたのか。振ったの? 振られたの?
私が根掘り葉掘り聞くより先に、愛菜はビールを一気に飲み干すと、
「あんなマザコン男に騙されて、実家まで行った私がバカでした」
と、心から悔しそうに言い捨てた。
「実家って、まさか」
「そうだよ。シンガポール断ってまで行ったあの時の話だよ。お付き合いから早二週間、結婚を真剣に考えているからと言われてホイホイ東北まで行き、彼の最愛のママ上様にメタメタのボコボコにされてきたの」
「……ん!? あの頃にはもう別れてたの?」
「いや、別れたのは二ヶ月前かな。あっちの実家と距離さえ置ければ本当に結婚できるんじゃないかって、自分なりに色々頑張ってみたんだけど……無理だった。先輩の家でベッドにいる最中ママが合鍵で部屋に入ってきたとき、ああもうダメだ、別れようって、心がスーッと冷めたんだ」
タッチパネルで追加のお酒を注文する愛菜。彼女は小さく鼻をすすると、画面を睨んだまま低い声で言った。
「あの頃は、ごめん」
……ずっと友達だと思っていた。独身同盟なんて言って、二人で馬鹿みたいに笑って過ごして、仕事も一緒に頑張ってきて、そして離れ離れになった彼女。
私はいいよとは言わないまま、うん、と小さく返事をする。昔みたいな友達同士に戻ることはないだろう。でも、いつまでも憎しみにリソースを割くほど私は暇じゃないつもりだ。
玲一さんにつけられた傷痕は当たり前だけど消えてくれなくて、私は仕方なくタートルネックで赤らむ首を強引に隠す。
万が一傷痕を見られたときは、なんて言い訳したらいいだろう。虫に刺された? 猫に噛まれた? ……ううん、どれも不自然だなぁ。
(まあ、仕方ない。今日はただの交流会だし、襟さえ気を付ければ大丈夫なはず)
始まる前から疲れた顔で会場に到着した私は、狭い個室に並ぶ面々に大変重い頭痛を覚えた。
女三人、男三人。自分を除けば五人のメンバーのうち、顔見知りが男女ともに一名ずつ。男の方はまだいい。なんともいえない複雑な表情で私を見つめる松岡くんに、まあ今日はお互い気にせず飲みましょうと私は苦笑で目配せする。
問題は、女の方だ。
「……愛菜、どうしてここに……?」
「……凛こそ……」
気まずさ全開。かつて友達でありライバルでもあった同期の池田愛菜は、合コン用のメイクと服で居心地悪そうに座っている。でもよく見ると、まだ酒の席が始まってもいないのに彼女の目元の化粧は崩れ、瞳も少し充血しているようだ。
鮫島先輩の後輩だという会計課の男の人は、こういった席にも慣れているようで自ら進行を買って出てくれた。軽薄そうなタレ目が印象的で、まあ、イケメンと呼ばれる部類だろう。本人にもその自覚があるみたいで、立ち振る舞いがいちいち気障っぽく、私は少し癪に障る。
勢いよく乾杯をしてから、めいめい好きなもの同士でのおしゃべりが始まった。わかっていたことではあるけれど、これは確かに合コンだ。
「……あのさ」
もう一人の女の子が話し上手で目立ちたがり屋なのをいいことに、私は料理を取りながら隣の愛菜に声をかけた。
「山田先輩はどうしたの?」
「こんなところに来ている時点で答えはもうわかりきってるでしょ」
別れたのか。振ったの? 振られたの?
私が根掘り葉掘り聞くより先に、愛菜はビールを一気に飲み干すと、
「あんなマザコン男に騙されて、実家まで行った私がバカでした」
と、心から悔しそうに言い捨てた。
「実家って、まさか」
「そうだよ。シンガポール断ってまで行ったあの時の話だよ。お付き合いから早二週間、結婚を真剣に考えているからと言われてホイホイ東北まで行き、彼の最愛のママ上様にメタメタのボコボコにされてきたの」
「……ん!? あの頃にはもう別れてたの?」
「いや、別れたのは二ヶ月前かな。あっちの実家と距離さえ置ければ本当に結婚できるんじゃないかって、自分なりに色々頑張ってみたんだけど……無理だった。先輩の家でベッドにいる最中ママが合鍵で部屋に入ってきたとき、ああもうダメだ、別れようって、心がスーッと冷めたんだ」
タッチパネルで追加のお酒を注文する愛菜。彼女は小さく鼻をすすると、画面を睨んだまま低い声で言った。
「あの頃は、ごめん」
……ずっと友達だと思っていた。独身同盟なんて言って、二人で馬鹿みたいに笑って過ごして、仕事も一緒に頑張ってきて、そして離れ離れになった彼女。
私はいいよとは言わないまま、うん、と小さく返事をする。昔みたいな友達同士に戻ることはないだろう。でも、いつまでも憎しみにリソースを割くほど私は暇じゃないつもりだ。