初恋カレイドスコープ
「だから私、今日は本気で勝ちに来てるから」
「気合い入ってるね」
「当たり前でしょ。いつまでも昔の男を引きずって、くよくよしてるなんて人生の無駄。私はもう前を向いて、自分の幸せを探すって決めたの」
――自分の、幸せ。
愛菜の言葉が油断していた心のやわい部分をえぐる。
自分の幸せ。声には出さないまま、唇の中で反復する。なんてことのない普通の言葉なのに、どうしてこんなに鉛を詰められたみたく胸が重くなるのだろう。……
「ていうか凛って社長代理と愛人契約してたんじゃなかったの? あんたの方こそこんなところ来て大丈夫?」
うわあああ! 声が! でかい!!
案の定歓談が一変して静まり返った個室の中で、私は顔を真っ赤にしながら慌ててその場で立ち上がる。
「あ、愛人契約なんて! そんなのしてるわけないでしょ! 誤解だよ!」
「あれ、そうなの? 二人で歩いてるとこよく見かけるし、そういう仲なのかと思ってたんだけど」
「私ね、これでも一応秘書だから! そりゃあ社長代理の斜め後ろを歩かせていただいてますよ! 仕事だからね!」
なんだか弁明が大声になって、却って怪しまれているような気がする。でも、こうも直球で問いただされる日が来るとは想像してなくて、私はもう必死になりながら誤解だ仕事だと繰り返す。
そんな中、鮫島先輩の後輩である会計課のタレ目気障男が、
「高階さんがそんな馬鹿なことするわけないじゃん」
と、私の方へ視線を向けながら、どこかからかうように言った。
「でも噂になってるじゃないですか。私以外にも聞いたことある人いますよね?」
「そりゃ聞いたことはあるけどさ。本当に結婚できるならともかく、愛人なんていくらなんでも割に合わなさすぎでしょ。高階さんみたいに賢い女の子が、そんな無駄なことするはずないじゃん。ねえ?」
ねっとりと笑うタレ目気障男は、おそらく私を助けてあげたとでも思っているのだろう。私は曖昧に微笑んで、返事の代わりにお酒に口付ける。
ごめんなさいね。あなたたちの目の前にいる女は紛れもなく椎名玲一の愛人で、昨夜だって彼の指先でさんざん喘がされてきたところです。
ありとあらゆる噂と悪口で盛り上がっているこの会場で、そんなことをバラしてしまったら皆はどんな顔をするだろう。驚く? 呆れる? あるいは軽蔑されるかもしれない。
(馬鹿なこと、か)
玲一さんが好きだから、彼のことをもっと知りたいと思った。
たとえどのような関係でも、何もないよりマシだと思った。
今もその気持ちに嘘はない。でも、私が今までしてきたことは、客観的に見ればそんな五文字で片づけられるもので。
(……否定、できないな)
ふっと小さく笑みを漏らし、追加のお酒を注文する。
グラスに結露する水滴を見下ろし、静かにため息を吐いた私を、松岡くんが心配そうな眼差しで見つめていた。