初恋カレイドスコープ
第十章 さようなら恋心
本当はもうわかっていた。
どれだけ身体を繋げていても、私と彼の心が繋がる日は、きっと永遠に来ないって。
彼の中には私と出会うずっとずっとずっと前から、他に比較のしようがないほど特別な存在が座っていて。
私がどれほど努力したって、その人には敵わない。たぶん彼もそのことを知っていて、私の想いを断った。
――高階は俺を何も知らない。
この言葉の意味が、今の私ならはっきりとわかる。
確かに私は玲一さんのことを、何も……知らなかった。
「だからって、そんな」
私の手を強く握り締め、松岡くんは憤りを隠さず言う。
「どんな綺麗な言い方をしたって、社長代理が高階先輩を弄んだことに変わりはないじゃないですか!」
……この子は本当にいい子だな。私が経緯を説明している間も、松岡くんは自分のことみたいに怒り、悲しみ、苦しんでくれた。
私は弄ばれただけ。傍目から見ればそうかもしれない。
でも私には、玲一さんに弄ばれたという感覚はあまりなくて……それは金銭的にもそうだけど、何より私自身が、彼と一緒に過ごすことで本当に満たしてもらえていたからだ。
相互利益と彼は言った。実際、そのとおりだったと思う。
だからかな。完全に失恋を実感した今でも、私はまだ彼のことをこんなにも好きなままなんだ。
「でも、もうやめる」
いやに清々しい私の口ぶりに、松岡くんは怪訝な顔をする。
「泣いてすっきりしたら気づいたんだ。私もいい加減、前に進まないと。いつまでも立ち止まっていたって、これ以上何も変わらないしね」
「先輩……」
「あの愛菜だって、どんどん新しい道を歩いて行ってるんだもの。……あー、私って単純かな? ちょっと周りに感化されすぎかも」
涙をぬぐい、へらへら笑う私の顔をじっと見つめて、松岡くんはひどく険しく眉を寄せる。
「……社長代理が、関係の解消を拒む可能性は?」
玲一さんのきれいな横顔が、ほんの一瞬、脳裏をよぎる。
「……それはないよ。だってこの関係を望んだのは私の方だし、社長代理はずっと私に合わせてくれていただけだもの」
「本気でそう思ってるんですか? 首にこんな痕つけるほど独占欲丸出しの男ですよ。そう簡単に先輩のことを手放すはずないと思うんですけど」
松岡くんの指が傷痕に触れ、かすかな痛みが心を揺さぶる。
私は傷を隠すふりをして、彼の手をそっと振り払った。今ここに触れられるのは、少し、つらいから。
「大丈夫」
自分自身に言い聞かせるように、彼の目を見つめて強く言う。
「社長代理は、私のことなんて好きじゃない」
私の無力な笑顔を見て、松岡くんはどう思ったのだろう。顔を歪め、ぎゅっと目をつむり、自分自身が傷つけられたみたいに、苦しそうに低くうめく。
そのとき、突然頬に手が触れたと思うと、がちっ、と歯と歯のぶつかる音がした。遅れて感じた唇の感触。――これ、まさか、もしかして。
顔を離した松岡くんが、手の甲でぐいと唇をぬぐう。そして彼は、ぽかんと間抜けに口を開けたままの私を見つめ、いつになく真剣に言い放った。
「俺じゃ、だめですか」