初恋カレイドスコープ
第十一章 黄昏のバス

 シーナコーポレーション初の認可保育園施設。

 そのオープンが延期に延期を繰り返したのは、一華社長が立地に異様なこだわりを見せたからだ。

 広い園庭が用意できて、騒音も気にならない区画で、送迎用の駐車場はスクールバスも停められるほど広い。弊社ビルからも程よく近く、その気になれば駅も利用できる……となると、どうしても立地選びが難しく、必要な人員を確保していながらなかなか開設までこぎつけられずにいたらしい。

 働く女性を一番に考える弊社のコンセプトを思えば、認可保育園の設立はむしろ遅すぎたくらいだろう。だからこそ、今回もまた大々的に、その開設を世間に向けてアピールする必要があるわけで。

「……社長代理、大丈夫ですか?」

 斜め前を歩くスーツの背中はほとんど振り返らないまま、表情が見えない程度にわずかに首を横へ向ける。

「大丈夫だよ」

 真新しい鉄柵の門を開けながら、社長代理は静かにそう言うと、園庭に足を踏み入れた。

 今日の社長代理の仕事は広報だ。認可保育園の開設に際し、地元のメディアも呼んでちょっとしたお披露目会をすることになった。社長代理は弊社の顔として、実際に登園を始めたばかりの園児たちと一緒に、園庭やホールで交流する姿をメディアに披露することになる。

(大丈夫だよ、と口ではおっしゃるけれど)

 鮫島先輩が対応を進めているとはいえ、いまだにSNS上では社長代理のあらぬ噂が絶えず拡散され続けている。

 元カノを名乗る女性による下世話で低俗な思い出話は、その舞台を動画サイトに移して肉声での告発が始まった。どうやらいつぞやのゴシップ系動画投稿者が、彼女の存在に目を付けて自らオファーを出したらしい。

 他にも、社長代理の整形疑惑や経営者としての手腕を揶揄したり、更には社長代理の自宅付近で張り込みをするようなものまで、あらゆる分野で悪意ある動画がちらほらと投稿され始めた。

 卒アル写真のアカウントについても、小学校の修学旅行や運動会での写真などが、面白おかしいハッシュタグとともに次々投稿されている。そこへ連なるフォロワーのリプライは大喜利のようになっていて「いじめのようだからやめたほうがいい」というコメントが袋叩きにされる始末だ。

 地元メディアはこれらの件について何も言ってきてはいないけど、さすがに彼らもまったく知らないということはないだろう。

 今、社長代理は世間のおもちゃとして、多くの人々の好機の視線に晒されている最中にある。

(会社のためだから仕方ないとはいえ、本当はメディアになんて出たくないんじゃないのかな)

 私が彼の立場だったなら、人の目が怖くて家から出ることすらままならないはずだ。

 お披露目会はつつがなく進み、社長代理は始終きらきらした笑顔で子どもたちと戯れていた。ジャケットを脱ぎ、シャツの腕まくりをして砂場に手を突っ込む姿は、カメラを通せばさぞ爽やかで素敵な写真になっているはずだ。

 最後にスクールバスでの撮影を終え、今日の仕事はこれで終了。あとは本社で細々とした仕事を片付けることになっている……はずなのだけど。

「やだ! だめ!!」
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