初恋カレイドスコープ
甲高い声に顔を上げると、スクールバスの大きな窓越しに、困ったように微笑む社長代理の横顔が見えた。慌ててバスの中へ踏み込むと、社長代理は最後部の座席で、二人の女の子に取り囲まれ何やら言い募られている。
「お兄ちゃん先生もいっしょに帰るの!」
社長代理の腕にしがみつきながら、女の子たちが上目遣いで甘えたように声を上げる。わーお、小さくても女は女。これはなかなかのしたたかさだ。
「お兄ちゃん先生ねえ、ちょっとお仕事があるんだよね」
「えーっ、やだあ! いっしょに帰らなきゃだめ!」
「んー、一緒にいてあげたいんだけどねえ。困ったな……」
苦笑する社長代理の姿はたじろぎながらもどこか楽しそうで、ここ最近のぴりぴりした空気が少し和らいでいるように見える。思わず私がくすっと笑うと、社長代理ははにかみながらこっちへ来るよう目線で促す。
「高階。このバスって、一周して園へ戻ってくるまでどのくらいかかる予定?」
「およそ四十五分です」
「そっか、案外早いな。ならいいか……」
女の子をあやしながら、社長代理は少し考えるそぶりを見せる。そして、
「俺、この子たちとバスに乗ってぐるっと回ってから戻るから。高階は先に本社へ戻っていいよ」
と言うと、左右の女の子たちが一斉に「いえーい!」と可愛い声を上げた。
彼女たちはもう私の存在などまるで眼中にないらしい。鞄につけたキーホルダーを見せたり、数字を三十まで数えられるのを自慢したり、ありとあらゆる手を使って社長代理の気を引こうとする。
『お兄ちゃん先生』はその勢いに若干圧倒されながらも、ひとりひとりの話を丁寧に聞き、全部にきちんと言葉をかけて同じ目線で笑っている。
(こんなに笑顔な社長代理、なんだか本当に久しぶり)
でも、一歩このスクールバスを降りれば、またどこの誰が社長代理を狙っているかわからない。私が先に本社へ戻ったら、彼は一人で本社までの夜道を歩くことになるだろう。
もし、先日みたいな変な連中が、カメラを片手に社長代理を追いかけまわしたりしたら? 嫌な想像が脳裏をよぎり、私は小さく身震いする。
「社長代理」
「ん?」
「私も、ご一緒してよろしいでしょうか」
社長代理は大きな瞳で私の顔をじっと見てから、許可というより同意の視線で小さくこくりと頷いた。
私はスクールバスの前の方、引率の先生が座る座席のすぐ後ろに腰を下ろす。背後からはまだ楽しげな声が賑やかに聞こえている。
(ずっとこの雰囲気が続いてくれればいいのに)
社長代理の穏やかな笑い声を背中に聞きながら、私は静かに目を閉じた。