初恋カレイドスコープ
第二章 予想外の再会
あれは夢だ。
自分の願望がこれでもかというほどぎゅうぎゅうに詰め込まれた、ピンクでキラキラで甘々に甘いとろけるような夢の世界。
飛行機に乗って現実世界に戻ってきた今でも、ときどきふっと思い出してはじわりと顔が熱くなる。触れる唇の柔らかさ。痛みに混ざるほのかな快感。あんなに「可愛い」と言われたのはたぶん七五三以来じゃないか。
(でも、あんまり思い出さないようにしよう)
夢の世界に心が惹かれて、現実に目を向けられなくなる。
二度と会わないと彼は言った。実際、そのとおりだと思う。
私たちは最後の最後まで、お互い連絡先を聞かなかった。
「ありがとう、凛! すっごい可愛いじゃん、なんかアジアっぽくて」
お土産のポーチを受け取った愛菜は、仕事があるからと言って足早にデスクへ戻っていった。シンガポールのお土産話、特に聞きたくなかったのかな。私としても玲一さんのことを話すつもりはないのだけど。
ついこの間まで独身同盟とか言って寂しさを慰め合っていた仲だ。片方に彼氏ができたからといって、大慌てで処女を捨てた女だと思われるのはさすがに嫌。(あながち間違いでもないのが悔しいけど)
オフィスでみんなにお土産を配っていると、ふいにどこかからくすくすと笑う声が聞こえた。はじめは気のせいかと思ったけれど、笑い声は少しずつ大きくなり、やがて背後に人影が迫ってくる。
「ありがとう、高階さん。これ、女一人旅のお土産でしょ?」
山田先輩だ。愛菜の彼氏の。
引っかかる物言いに思うことはあったけど、私はいつもの仮面で微笑む。
「はい、シンガポールに行ってきました。よかったら食べてください」
「彼氏がいない子は大変だね、海外まで一人で行かなきゃならないなんて。どう? 楽しかった?」
オフィスの真ん中で大声で言うなよ。
こめかみがわずかに引きつった瞬間、デスクの愛菜と目が合った。――笑ってる。
(そういうことか)
わざわざ声をかけてきて、周りに聞こえるよう小馬鹿にして。おかしいとは思ったんだ。山田先輩にこんなプライベートな話をした覚えはなかったから。
私が一人で旅行に行ったことも、彼氏がいないということも、愛菜が全部教えたのだろう。今の笑顔は嘲笑だ。一人で旅行へ行った私を、高みからあざ笑う勝者の顔。
でも、彼女は知らない。
「楽しかったですよ、とても」
――素敵な人と、素敵な思い出を作れましたから。
私が堂々としているのが気に入らなかったのか、山田先輩は少しつまらなそうな顔をすると、特に会話を続けることもなく自分の席へと戻っていった。隣の愛菜と何やらひそひそ、聞こえよがしの声がする。強がっちゃって笑えるんだけど。皮肉が通じてないんじゃない?
(……私は友達だと思ってたんだけどな)
先に彼氏ができた愛菜にしてみれば、私はもう見下す対象でしかないということなのだろうか。
私は別に、彼氏がいる女の方が偉いとか、独り身の女は恥ずかしいとか、そういうふうに思ったことはないのだけど。……愛菜と楽しく飲んだ日のことを思い出し、少し胸が重くなる。
「すみません皆さん。お揃いですか」