初恋カレイドスコープ
「なんだこれ……こんな場所に段ボールが置いてある」
「広報用のポケットティッシュの在庫みたいですね。こっちは去年まで使っていたチラシと、あとは廃棄予定の文書が積み重ねられているようです」
「まさか、倉庫の代わりに使ってんのか? 冗談だろ、機械室なんて素人が気軽に出入りする場所じゃないってのに」
排風機、空気調和機……見慣れない大きな設備を横目に、社長代理はどんどん奥へ進んでいく。壁に背中をくっつけるようにダクトの脇を通り抜け、少し開けた空間に出たとき、彼はようやく足を止め「ああ」と小さく声を漏らした。
そこは、今まで潜り抜けてきた機械ばかりの空間とは違い、古いデスクに歪んだキャビネットと、上階のオフィスとさほど変わらない調度品が一応揃えられていた。キャビネットには青色のファイルがまばらに並べられていて、デスクの上にはノートパソコンがぽつんと一つ置かれている。
パソコンの表面には数字とアルファベットの書かれたテプラが貼られている。これは私たちが普段使っているものと同じ、大手企業からリースしている情報端末のようだ。
(でも、ノートパソコンがなぜこんなところに)
立ちすくむ私の前で、社長代理は静かにキャビネットへ歩み寄ると、そこに収められた青いファイルをぱらぱらと眺めていく。仕事中の彼らしい感情の読めない横顔が、ファイルを読み進めるにつれて少しずつ熱を帯びていく。
「社長代理……?」
「…………」
社長代理はファイルを丁寧にキャビネットへ戻し、それからノートパソコンに触れると、ゆっくりとそれを開こうとした。
そのときだった。
遠くでパチンという音がして、一瞬のうちに視界が真っ暗闇に覆い潰された。ひとつぶの光もない闇そのものの空間の中、ブーンという鈍い機械音だけがそこかしこから響いてくる。
「まだ中にいます! 消さないでください!」
社長代理はすぐさま大声で叫んだけど、声は部屋にこだまするばかりで返事はまったく聞こえない。当然電気が点くこともなく、闇の中で小さな舌打ちが思いの外近くから聞こえただけだ。
私たちが機械室にいるとは知らず、たぶん、誰かが電気を消した。そもそもここへ来るつもりは無かったから懐中電灯なんて持ってきていないし、スマホは秘書室の自分のデスクに置きっぱなしになっている。
「社長代理、あの」
「動くなよ。変なものに素手で触って感電でもしたら大ごとだ」
感電!? ここ、そんなに危険な場所だったの?
途端に背筋が寒くなって、自分の身体を抱きしめるように委縮する。どうしよう。このままここで待っていたところで、誰かが電気をつけてくれるとは限らない。でも、手探りで出口を探すには、この機械室は危険すぎる――
「……嫌だろうけど、少し我慢して」