初恋カレイドスコープ
*
颯太くんに連れられて行ったのは、横浜市内のおしゃれなバーだ。小さなビルの二階にあって、道路側の大きな窓から小洒落たテーブルとソファが見える。
シックな外観の片隅には小さなメニューボードがひとつ。内容は至ってシンプル。『本日、貸し切りです』。
「鮫島さんのお知り合いがやっているお店らしいですよ」
なるほど、納得。確かに、鮫島先輩みたいな美女がひとりでお酒を楽しんでいそうなお店だ。
店内にはすでに鮫島先輩をはじめ、何人かの社員がテーブルを囲んで楽しそうにおしゃべりをしていた。思ったより人数が多い。中には私の知っている顔もちらほらと見える。
あそこにいるのは愛菜かな。……うげえ、あの合コンのタレ目気障男もいる。わ、こっち見んな。ウィンクすんな。
「秘書課の高階さんじゃん。本当に来るとは思わなかったよ」
馴れ馴れしく話しかけてくる気障男に、私は不出来な愛想笑いを返す。
できれば離れた場所に座りたかったけど、あいにく他にちょうどいい席がなくて、私は間に颯太くんを挟んで気障男たちのテーブルに腰かけた。もうすぐ副社長たちが来るから、とドリンクメニューを渡されて、仕方なくアルコール度数の低そうなカクテルを注文する。
「松岡やるじゃん、お前どうやって高階さんを口説いたの?」
「別に普通に誘っただけですよ。凛さんにも来てほしいって思ったんで」
「凛さんだって! はー、いいねえ! 俺も高階さんみたいな美人な彼女ほしいなーっ」
まだ乾杯だってしていないのに、もう泥酔してるみたいな赤い顔だ。周りもけっこうテンション高めで、私の中の帰りたいメーターがみるみるうちに上昇していく。
鮫島先輩と颯太くんが誘ってくれたから来ることにしたけど、私、やっぱりこういう飲み会ってあんまり向いてないみたい。実家の用事がどうのと言って、早めに帰らせてもらおうかな……。
「転職して自分の時間が増えたら、マッチングアプリでも始めてみるかなぁ」
それは本当に何気ない、雑談の調子の言葉だったけど、私ははっと顔を上げると、
「転職されるんですか?」
と気障男に訊ねた。
途端、悪魔でも通り過ぎたみたいにしんと部屋が静まり返る。それから示し合わせたわけでもないのに、割れるような笑い声が響き渡った。
冗談上手いね、とか、高階さんって面白い、とか。真意の掴めない言葉が私の上を次々に飛び交う。怖くなって颯太くんを見上げると、彼は少しだけ困ったような、それでいてどこか穏やかな表情で頷いた。
「待たせたね。……なんだ、ずいぶん賑やかじゃないか」
颯太くんに連れられて行ったのは、横浜市内のおしゃれなバーだ。小さなビルの二階にあって、道路側の大きな窓から小洒落たテーブルとソファが見える。
シックな外観の片隅には小さなメニューボードがひとつ。内容は至ってシンプル。『本日、貸し切りです』。
「鮫島さんのお知り合いがやっているお店らしいですよ」
なるほど、納得。確かに、鮫島先輩みたいな美女がひとりでお酒を楽しんでいそうなお店だ。
店内にはすでに鮫島先輩をはじめ、何人かの社員がテーブルを囲んで楽しそうにおしゃべりをしていた。思ったより人数が多い。中には私の知っている顔もちらほらと見える。
あそこにいるのは愛菜かな。……うげえ、あの合コンのタレ目気障男もいる。わ、こっち見んな。ウィンクすんな。
「秘書課の高階さんじゃん。本当に来るとは思わなかったよ」
馴れ馴れしく話しかけてくる気障男に、私は不出来な愛想笑いを返す。
できれば離れた場所に座りたかったけど、あいにく他にちょうどいい席がなくて、私は間に颯太くんを挟んで気障男たちのテーブルに腰かけた。もうすぐ副社長たちが来るから、とドリンクメニューを渡されて、仕方なくアルコール度数の低そうなカクテルを注文する。
「松岡やるじゃん、お前どうやって高階さんを口説いたの?」
「別に普通に誘っただけですよ。凛さんにも来てほしいって思ったんで」
「凛さんだって! はー、いいねえ! 俺も高階さんみたいな美人な彼女ほしいなーっ」
まだ乾杯だってしていないのに、もう泥酔してるみたいな赤い顔だ。周りもけっこうテンション高めで、私の中の帰りたいメーターがみるみるうちに上昇していく。
鮫島先輩と颯太くんが誘ってくれたから来ることにしたけど、私、やっぱりこういう飲み会ってあんまり向いてないみたい。実家の用事がどうのと言って、早めに帰らせてもらおうかな……。
「転職して自分の時間が増えたら、マッチングアプリでも始めてみるかなぁ」
それは本当に何気ない、雑談の調子の言葉だったけど、私ははっと顔を上げると、
「転職されるんですか?」
と気障男に訊ねた。
途端、悪魔でも通り過ぎたみたいにしんと部屋が静まり返る。それから示し合わせたわけでもないのに、割れるような笑い声が響き渡った。
冗談上手いね、とか、高階さんって面白い、とか。真意の掴めない言葉が私の上を次々に飛び交う。怖くなって颯太くんを見上げると、彼は少しだけ困ったような、それでいてどこか穏やかな表情で頷いた。
「待たせたね。……なんだ、ずいぶん賑やかじゃないか」