初恋カレイドスコープ



 颯太くんに連れられて行ったのは、横浜市内のおしゃれなバーだ。小さなビルの二階にあって、道路側の大きな窓から小洒落たテーブルとソファが見える。

 シックな外観の片隅には小さなメニューボードがひとつ。内容は至ってシンプル。『本日、貸し切りです』。

「鮫島さんのお知り合いがやっているお店らしいですよ」

 なるほど、納得。確かに、鮫島先輩みたいな美女がひとりでお酒を楽しんでいそうなお店だ。

 店内にはすでに鮫島先輩をはじめ、何人かの社員がテーブルを囲んで楽しそうにおしゃべりをしていた。思ったより人数が多い。中には私の知っている顔もちらほらと見える。

 あそこにいるのは愛菜かな。……うげえ、あの合コンのタレ目気障男もいる。わ、こっち見んな。ウィンクすんな。

「秘書課の高階さんじゃん。本当に来るとは思わなかったよ」

 馴れ馴れしく話しかけてくる気障男に、私は不出来な愛想笑いを返す。

 できれば離れた場所に座りたかったけど、あいにく他にちょうどいい席がなくて、私は間に颯太くんを挟んで気障男たちのテーブルに腰かけた。もうすぐ副社長たちが来るから、とドリンクメニューを渡されて、仕方なくアルコール度数の低そうなカクテルを注文する。

「松岡やるじゃん、お前どうやって高階さんを口説いたの?」

「別に普通に誘っただけですよ。凛さんにも来てほしいって思ったんで」

「凛さんだって! はー、いいねえ! 俺も高階さんみたいな美人な彼女ほしいなーっ」

 まだ乾杯だってしていないのに、もう泥酔してるみたいな赤い顔だ。周りもけっこうテンション高めで、私の中の帰りたいメーターがみるみるうちに上昇していく。

 鮫島先輩と颯太くんが誘ってくれたから来ることにしたけど、私、やっぱりこういう飲み会ってあんまり向いてないみたい。実家の用事がどうのと言って、早めに帰らせてもらおうかな……。

「転職して自分の時間が増えたら、マッチングアプリでも始めてみるかなぁ」

 それは本当に何気ない、雑談の調子の言葉だったけど、私ははっと顔を上げると、

「転職されるんですか?」

 と気障男に訊ねた。

 途端、悪魔でも通り過ぎたみたいにしんと部屋が静まり返る。それから示し合わせたわけでもないのに、割れるような笑い声が響き渡った。

 冗談上手いね、とか、高階さんって面白い、とか。真意の掴めない言葉が私の上を次々に飛び交う。怖くなって颯太くんを見上げると、彼は少しだけ困ったような、それでいてどこか穏やかな表情で頷いた。

「待たせたね。……なんだ、ずいぶん賑やかじゃないか」
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