初恋カレイドスコープ
カランとベルの音が鳴って、スーツ姿の青木副社長がお店に入ってきた。社員たちが腰を上げて、どうぞどうぞと上座へ案内する。
青木副社長は私へ目を向けると、ふっと意味ありげな微笑を浮かべた。私はわずかに頬を引きつらせ、へらと笑って会釈を返す。なんだか、胸騒ぎがする。
「では副社長、乾杯を」
皆の手にグラスが行き渡るのを見て、副社長は腰を上げた。小さく咳払いをするその姿を、私以外の社員たちはきらきらした瞳で見上げている。
「諸君、今日はお集まりいただきありがとう。ここにいる者は皆同志だ。我らの華々しい門出を祝い、楽しんでいってもらいたい」
青木副社長は不敵に微笑み、グラスを軽く持ち上げる。
「――新《《企業》》の船出に、乾杯」
乾杯!!
明るい声を上げて一斉に杯をあおるみんなの中で、私一人が呆然としたまま空いた口を閉じられずにいた。
新《《企画》》ではない。《《企業》》と言った。はじめは言い間違いかと思ったけど、副社長の表情を見るに、残念ながらそうではないらしい。
(青木副社長はシーナコーポレーションから独立するつもりだったの? ここにいる社員たちは、みんなその仲間だというの?)
冗談じゃない――と、私は慌てて周囲を見回す。どうやら何も知らずに来たのは私一人だったみたいで、他の社員たちは和気あいあいと明るい未来について語り合っている。
「人事異動で部署をがっつりシャッフルされた時は焦りましたけど、結果としてなんとか独立にこぎつけられそうで良かったですね」
「会社のやり方に納得していない社員は少なくないからね。子どもの発熱とか学校行事とか、ホイホイ休み過ぎなんだよ、子持ちの奴ら」
「結局俺ら独身が全部残業で仕事を肩代わりしてさ。やってらんないよな、本当」
噴き出す愚痴と不満の渦に揉まれ、私は右往左往する。座っているのにめまいがする。涼しい部屋なのに汗が出てくる。でも、聞こえる話を拾うだけで、なんとなく事情がわかってきた。
「本当はハウスキーパー部門も連れて行きたかったけど、まあ、ネイルサロン部門だけでも良しとしましょう」
弊社において有休取得率の差が最も大きいネイルサロン部門。ここは元々、秘書課に来る前の鮫島先輩が中心となって立ち上げた部門だと聞いている。
「いずれみんな引き抜いてしまえばいい。会社の方向性や社長代理に不満を持つ社員は大勢いる」
青木副社長と鮫島先輩は、会社に不満を持つ社員を取り込み、独立の機会を伺っていた。
「女性のためのシーナコーポレーションだったはずなのに、あの社長代理はおかしいですよ。あんな不誠実な人の下で仕事なんてできませんね、笑われてしまう」
社長代理の女性問題スキャンダルは、不満を煽るちょうどいい追い風となった。彼の醜聞が広まれば広まるほど、組織の中で離反を考える勢力は膨れ上がる。
最初に感じた違和感の正体。ふたつのSNSにほぼ同時期に投稿された、あの投稿はもしかして――