初恋カレイドスコープ
「高階君!!」
「はっ、はい!」
耳が割れるほどの大声に思わず肩が縮み上がる。
「コーヒーと紅茶、どちらがいい?」
「あっ……の、喉、乾いていませんので」
「そうか」
青木副社長は深々と頷き、コップに溢れるほどの醤油を注いで私の前へ差し出した。とてもじゃないけど受け取る気になれず、私は黙って唇を閉じおそるおそる部屋を見回す。
よく見ると室内の白い壁には、ところどころに何か液体を叩きつけたような跡がある。その下に散らばっているのは粉々に割れたガラスの破片で、甘い異臭はその染みのあたりから漂っているようだ。
「副社長、私……そろそろ帰らないといけないので……」
なんでもいい。なんでもいいから、とにかくこの人から離れないと。
私の渾身の愛想笑いを、青木副社長はじっと見つめる。眼鏡の奥の鋭い瞳は恐ろしいほどに無感情だ。
そのまま妙な沈黙が続き、額から脂汗がぽたりと落ちた時、
「そうやってお前はまた私を騙すつもりなのだろう?」
と言い、副社長の手がテーブルの上のものをすべて無表情になぎ倒した。
けたたましい音を立ててコップが床に転げ落ちる。割れるお皿。飛び散るクッキー。悲鳴も上げずに黙って見つめる椅子に座ったオモチャたち。
あまりの恐怖に呼吸すら忘れて縮み上がる私の横で、青木副社長は薄暗い天井をぼうっと見上げている。開きっぱなしの唇から唾液がツと垂れて、よれよれのスーツの襟元にじわりとしみを作っている。
「なあ高階君。君は、椎名玲一が我々に放ったスパイだったのだろう」
「……え……?」
「椎名に弄ばれたと偽って松岡颯太をたらし込み、独立に賛同するふりをして我らの情報を盗み出した。そうでもなければ、計画がここで破綻するはずがない」
違う、と言おうとした。私と社長代理の間には、もうなんの関係も残っていないのだと。
でも私が口を開くより早く、青木副社長は割れたお皿の破片を拾うと、
「だが、私はまだ諦めない」
と言って、ゆらりと揺れるように振り返る。
「何度でもやり直してやる。たとえどんな手を使ってでも」
「……ふ、副社長」
「座りなさい、高階君。さもなくば君の喉を突く」
鋭く割れた陶器の破片が躊躇なく喉元へ突きつけられる。
私は息を止めたまま、震えながらおとなしく椅子に腰かけた。座ると同時にキャスターが動いて身体が少し後ろへ下がると、副社長は鬱陶しげに舌打ちして私の肩を乱暴に掴む。
「両手を背中へ」
……何をされるかわかっているけど、私に抵抗などできるはずもない。おとなしく言うとおりにすると、副社長は私の手首をロープで結び、椅子の背もたれに固定した。
ブラウスの襟を軽く引き寄せられ、真ん中に破片があてがわれる。副社長はそのまま破片をノコギリのようにしてブラウスを裂こうとしたけど、結局思うようにいかず無言で床へと叩きつけた。
砕け散った破片を靴下のまま踏み抜きながら、キッチンへと消えた副社長が包丁を取って戻ってくる。あまりにも真剣な、パズルを解く子どもみたいな顔をして私の服を裂くその姿を、私は黙って震えながら見つめることしかできない。
やがて、私のブラウスと肌着を裂いて、ひとまず満足したらしい。副社長はふぅと息を吐くと懐からバキバキに割れたスマホを取り出した。数枚続けて私の写真を撮り、それから歪むように口角を上げる。
「自分の女が汚されたと知ったら、あの男はどんな顔をするのかな」