初恋カレイドスコープ
まさか。
嫌な予感に怖気が走る。目の前で明滅するフラッシュ。副社長の濡れた指先が、私のブラジャーを強引にたくし上げる。
「……誤解です、副社長……」
カメラから目を逸らしながら、私は震える声で言う。
「私と社長代理は……何の関係もありません」
「…………」
「私が一方的にあの人のことを好きなだけで……あの人は、別に……私のことなんて……」
手首に食い込むロープが痛い。そして、心までも。
もちろん社長代理のことだから、事態を知ったら当然警察に通報するくらいはしてくれるだろう。
でも、それだけだ。
今更私に何かあったところで、副社長が期待するようなことはきっと起きないに違いない。
副社長は能面のように静かな面持ちで私を見下ろしていたけど、やがてずいと顔を近づけると、
「確かめてみるか」
と言って、スマホを自分の耳へと当てた。
静かな部屋にコール音が響く。長い――無機質な音が延々と続く。
このまま出ずに終わるか思ったとき、ふいにぶつんと音が切れると、同時に副社長がニタァと口角を上げた。かすかに聞こえるかすれた声。副社長はくつくつと、細い喉を揺らして笑っている。
「ご無沙汰しております、社長代理。ええ、ええ……わかっておりますよ。弁護士を通して、とおっしゃるのでしょう。でもね、今日はわたくし、個人的な用事のために連絡申し上げております。社長代理の大切な、高階凛君にご協力いただいてね。……ええ、そうです。ふふふ……ははは! お待ちくださいね、今お見せいたしますので」
一旦スマホを耳から離した副社長が、ヒビだらけの画面を素早くなぞる。それからすぐ、音質の悪いスマホのスピーカーから、
『凛ちゃん!!』
社長代理の割れるような悲鳴が電子音に混ざって聞こえてきた。
「ははは! やっぱり仲がよろしいようで。いいことですねえ、若くて素晴らしい」
『お前っ、何考えてんだ!? 本当に頭おかしくなったのか!? いったい何がっ……おい、凛ちゃん! 大丈夫!?』
ひどく焦った玲一さんの声。
私なら大丈夫です、このくらい全然なんともないです。だから安心してください――と、気丈な仮面をかぶるつもりだった。
でも。
「玲一さん、わたし、……私……」
出てきた声は惨めに震えていて、言葉の続きが何も浮かばない。
彼の声を聞いた途端に心の底から溢れ出す恐怖。
助けに来て、と。とても怖いと、素直に言えたらどんなにいいだろう。でも私はもう、彼にそんなことを言う資格なんて持ち合わせていなくて。
『本当に大丈夫!? なんでもいいから答えて、凛ちゃん!!』
必死に言い募る彼の声が、また私の罪悪感を掻き立てる。彼が一番つらいときに傍にいてあげられなかったくせに。今またこうして心配をかけて、彼の心を騒がせて。
いっそ見捨ててと言えばいいものを、そう言い放つ度胸もない。……私は、だめな人間だ。