ハイドアンドシーク
「……なんの、はなしですっけ」
「誰かと番えって話。……お前が危険な目に遭うのは見てられねーんだよ」
扉の向こうにいる東雲さんはいま、どんな顔をしてその言葉を口にしているのだろう。
一目でいいから、見てみたかった。
「あのね、わたし、婚約者がいるの」
こっちに来てから誰にも、匿ってくれた理事長にさえ言ってなかったわたしの秘密。
何度も、東雲さんには話そうとした。
だけど、やっぱり言えなかった。
東雲さんだけには知られたくなかったから。
話して嫌われることが、何よりも怖かったから。
「おかあさんたちが……勝手に決めた、アルファの婚約者。わたし……でもわたし、どうしても、忘れられない人がいて……それで、逃げてきたの」
それが、わたしが家を出た理由。
ちっぽけで、わがままで、独りよがりの欲望だった。
でもね、東雲さん。
「……わたしが、……本能で、縛りつけられて、逃げられなくても、構わないって」
声を出すことさえもひどくもどかしい。
からだが、ばかみたいに熱くなって。
そのことだけしか考えられなくなる前に、わたしは、そこにいる彼の姿を瞼の裏に思い浮かべる。
「そう、思える……ずっと一緒にいたいと思えるのは、東雲さんくらいですよ」
だから、おねがい、今だけでいいから。
抱きしめていた上着を、そっと自分の肩にかける。
そのまま体育座りで膝に顔をうずめると、まるで東雲さんに抱きしめられているような気持ちになった。
……そばにいさせて、とーりくん。