ハイドアンドシーク
ふと、頭に浮かんだのは。
もうずっと昔に別れた幼なじみの姿だった。
一緒に遊んでくれて、ともすれば家族よりも長い時間を過ごして、暗闇から救ってくれた男の子。
「なんか、やだなあって思ったの。このまま"とーりくん"の顔を忘れていっちゃうことも、いつかこの気持ちがなかったことになるのも、わたしやだなって」
それで……そう、それから。
気がつけば、わたしは家を出ていた。
自分の生まれ育った街も、友人も、家族も。
何もかも置き去りにして。
わたしはこの街にやってきた。
そして東雲さんに会えたこと、それは運命の番なんかよりもずっと奇跡に思えた。
「……話せなくてごめん。婚約者がいること。わたし、東雲さんだけには嫌われたくなかった。いっぱい迷惑かけてごめん。でも、もうこれで最後だから──」
「お前さあ、馬鹿にしてんだろ俺のこと」
いつになく静かなその声には剣呑な響きが含まれていて、海の底よりも冷たくわたしの耳に届いた。
あとから思えば多分、このときに戦いのゴングは鳴っていた。