失恋カレシ〜2.5次元王子様と甘々極秘契約同棲はじめます!?〜

 波音と同棲が始まって一ヶ月が経ったある日の昼下がり。私は渋谷にあるイタリアンのお店にいた。
 今日は沙羅とランチデートの約束をしているのだ。
 久しぶりの外出。
 沙羅とは舞台に行って以来だから、ぶっちゃけものすごくわくわくしている。
(七木さんとはどうなったのかな……)
 電話は何度かして、いい感じだと聞いているけれど。
「あっ、桜~!!」
 先に店に着いたので涼んでいると、変装した沙羅がやってきた。
 今日のコーディネートは、黒のニットタンクトップに赤のマーメイドスカート。背が高くすらりとした沙羅には、ロングスカートがよく似合う。目元を隠すサングラスはかけているけれど、相変わらずオーラはばりばりだ。
「遅くなってごめーん! 待った?」
「全然。今日の仕事は?」
「今日はもう終わりだよ!」
「そっか。お疲れ様」
 向かいのソファに腰を沈めながら、沙羅は優雅な所作でサングラスを取った。
「いやぁ今日も暑いねぇ。お腹減ったよ~」
 沙羅は手で顔をあおぎながら水を飲む。
 からからと涼し気な音がして、沙羅の喉元が上下に動く。
 沙羅の一挙手一投足には、自然と目がいく。さすがモデルだ。
 私はメニューを取って、沙羅に差し出す。
「ありがと。桜はもう頼んだ?」
「まだ」
「それじゃ頼も。今日は暑いから私飲みたいな~」
「じゃあとりあえずビール?」
「ビール~! 桜も飲むでしょ?」
 一瞬悩んだけれど、波音の顔が過ぎって首を横に振る。
「うーん、私はノンアルでいいかな」
「えっ!?」
 沙羅が信じられない、という顔をして身を乗り出す。
「桜がビールを飲まないなんて……どうしたのよ。あ、あんたまさか、まだ真宙くんのこと……」
 過去の話を蒸し返されそうになり、私は慌てて顔をぶんぶんと振る。
「ち、違うよ。帰ってから波音の晩御飯作らないといけないから、酔っ払うわけにはいかないんだよ。それに、波音ってお酒があんまり得意じゃないから、私だけ飲むと臭いだろうしさ」
 すると沙羅は一度目を丸くして、ふふっと肩を揺らした。頬杖をつき、私を見て目を細める。
「ふふふ。すっかり波音の彼女だね。もうこの際結婚しちゃえばいいのに~」
 ごほっ。
 むせた。
「ちょっ……なにを言うの。私たちはそんなんじゃないってば。私たちはあくまで契約上での恋人なんだから!」
「はいはい」
 私は呼び出しベルを鳴らし、ビールと烏龍茶、それからポテトとチョリソーのおつまみセットを注文する。
 ほどなくしてビールと烏龍茶が先に届き、乾杯する。
「で、同棲生活はもう慣れた? もうチューした?」
 沙羅はCMのようにごくごくとビールをあおると、先程の私の抗議をサラッと流してさらにとんでもない爆弾を放り込んできた。
「そ、そんなのするわけないでしょ!」
「なんだつまんない」
「つまんないって……」
「波音も波音だよ。一緒に住んでるなら少しくらいケモノになってもいいのに。……そーいうとこ、波音って結構真面目なんだよね」
 沙羅はなぜか不満げに言った。
「で、家でふたりきりのときの波音ってどんな感じなの?」
 ぎく、と肩が揺れる。
 どうやらこの話はまだ続くらしい。
「……なんていうか、スマートで紳士的でめちゃくちゃ甘いかな……」
 食べ終わったあとのお皿は洗ってくれたりするし、お風呂は先に入らせてくれるし、よくお土産も買ってきてくれる。
 完璧人間過ぎて、たまに今の生活からちゃんと社会に戻れるか怖くなるくらいだ。
 ……いろんな意味で慣れないことも多いけれど。主に波音のあーんとか。
「波音って普段も穏やかで優しいから、モデル仲間の間でもめちゃくちゃ人気あるしねぇ。七木さんいわく、舞台での評判なんてもっとらしいよ。面倒見いいから」
 それは、私もよく知っている。波音は高校時代からものすごく面倒見がよかった。
(…………)
 波音との生活は、なに不自由なくて楽しい。不満なんて、探そうとしたって全然見つからない。
「……だからこそ、分からないんだよね」
「なにが?」
「契約したとき、波音彼女いないって言ってたの。一緒に生活してみたら本当にいないみたいだったし……。波音の外見と性格なら、いくらでもできそうなのに」
「あぁ……そんなことか」
「そんなことって……沙羅は不思議だと思わないの?」
「だって波音、ずっと好きな人がいるから」
 沙羅は頬杖をつきながら、ポロッと漏らした。
「えっ!? 波音って好きな人いるの!?」
 ジトッとした視線を向けられる。
「……知らなかったのは桜くらいだよ。波音は高校時代から同じ子にずっと片想い。だから特定の彼女は作らないの。……まぁ、たまに夜遊びとかはしてたみたいだけど。それでも、彼女は一回も作ってない」
「じゃあ、波音は今もその子が好きってこと?」
「彼女を作らないってことは、そういうことでしょ」
(ということは、波音の好きな人は私も知ってる子ってことだよね……だれなんだろう)
 考えるけれど、全然分からない。
(高校時代、波音とは結構一緒にいたのに……そういえば私、波音には自分のことを相談するばっかりで一度も相談されたことなかったかも)
 自分の独りよがりさに愕然とした。
(今度から気を付けよう……)
「沙羅は知ってるの? 波音の好きな人」
 早まる心臓を押さえて、私は沙羅を見る。沙羅は一瞬眼を泳がせてから、ぼそりと言った。
「……まぁね」
「全然知らなかった……」
「ショック?」
「うん……って、え?」
 沙羅はにやにやしながら私を見ている。
「今の、本音だよね」
「ち、違っ! 今のは……」
 慌てていいわけを考えるけれど、全然頭が回らない。
「違うの?」
 言葉につまる。
「…………私は」
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