目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。
「……わかりました」
お医者様の説明を聞き終えた後、私はそれだけ言って、考えるのをやめた。
これからのことを考えることを。想像することを。
考えてしまえば、きっと動けなくなってしまうだろうから。
泣き叫ぶ、無力な女がただ一人できあがるだけ。そんなの誰にとっても意味がない。
目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。
彼は眠り続けて、動けない。それは変えようのない事実。
でも、彼が築いてきたものがある。守ってきたものがある。
土地や屋敷といった財産だけじゃない。領内の体制や民衆からの支持、そういった目に見えないものを含めた伯爵家そのもの。そのすべてが彼の功績なのだ。
そのことを意識した時、それらを変わらずに留めておくことは妻である私の役目だと。自然とそんな考えに思い至った。
……私がやらなければならない。
いつか彼が目覚めた時、「大丈夫よ」と微笑んであげられるように。
トレーガー家の領主として、この家を守り続けなければ。
できるかどうかじゃない。私は彼の妻なのだから。
やるんだ。絶対に。尊敬する夫の隣に並び立つ、伯爵夫人として。
強く両頬を叩いて、そのように誓いを立てた。