目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。
07.
毎日毎晩、カミルの部屋を訪れて、目覚めない彼とともに時を過ごした。
花瓶の花を取り換えて、その日の出来事を語り掛け、時には手に触れてその体温を確かめる。
延命のため代謝活動停滞の魔術が施されたカミルは、少しだけ冷たく、何事もなかったかのように眠り続けていた。
それでも確実な衰えはあり、髪の色つやや肌の様子に、それは如実に現れていった。
そして私は、夫といる時間以外のすべてを、家を守ることに費やした。
無論、ただのお飾りの夫人がすぐに何をできるわけでもない。
だから私はフォルストに頼み、彼やその他の使用人、外部から招いた識者を家庭教師につけ、政務や経営学、組織管理、その他領主であるために必要なことを学ぼうとした。
その勉強の時間は、ほとんどを実践と並行させながら。
当たり前だけど教わった順番で実務が出てくるなんてことはなくて、時には手痛い失敗をした後に、「これはこういうことだったのか」と、フォルストの講義で気付くこともあった。
一方、社交界とのつながりは、時間とともに自然と薄まっていった。
以前は頻繁に来た夜会からの招待を一通り断ると、それ以降ほとんどの催事に誘われなくなり、他家との付き合いも信頼に足るわずかな友人以外とは没交渉になっていった。
優秀な伯爵が倒れ、お飾りの妻が青息吐息で自転車操業。そんな貴族と関係を持とうとする者などいるはずもない。
私個人に取り入るうま味など無いのだ。
私としても、無用な夜会を欠席して夫の傍にいられる時間が増える方がありがたかったし、勉強のためにはどれだけ時間を作っても足りなかったので、特段惜しいとも思わなかった。