目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。
こんなこともあった。
ある日、他人からの視線が気にならなくなった頃、私は髪を切ることを思い至る。
髪を手入れする暇すら惜しく、誰に見られようがどうでもいいと思ったからなのだけど、フォルストの妻、イルザにそれを止められた。
「旦那様が目覚められた時のことを考えて下さいな。奥様の短い髪をご覧になったら、きっと苦労を掛けたと悲しまれますよ」
「……そうね。確かにそうだわ。ありがとう、イルザ」
本当に、トレーガー家の使用人たちには感謝してもしきれない。
結果だけを言えば、私の手腕では当初予定した規模で家を存続させることはかなわず、さらに財産を切り売りして、最終的には領土も大幅に縮小せざるを得なかった。
それでも、皆の協力があり、何とかトレーガー家を没落させないでいられた。
彼らがいたからこそ、私は伯爵夫人でありつづけることができたのだ。
そして──八年の月日が過ぎる。
カミルが再び目を覚ましたのは、私が二十八歳、彼が三十一歳の時だった。