目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。
夫が目覚めて嬉しいからなのか。
それとも、どうしようもない今の状態が悲しいのか。
どちらなのか、どちらもなのか。
わからないけど、泣いてる場合じゃないのに。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。
そうじゃないでしょう、彼を安心させるために頑張ってきたんだから。
「心配しないで、大丈夫ですよ」と。
「皆といっしょにこの家を守ってきましたから」と。
「これからも私が、私たちが、あなたを守りますから」と。
そんな励ます言葉をかけてあげるつもりだったのに、濁点だらけで言葉にもならなくて。
嗚咽が漏れるだけで、立ってもいられない。
夫はしばらくの間、そんな私を柔らかな視線で見つめた後で、小さく指を曲げる動作で招き寄せる。
何も言わない。ただその表情だけはとても穏やかなもので。
失ってしまったものを思えば、本当に辛いのは彼の方なのに。
私が近づくと、彼は静かにつぶやいた。
「……よく、頑張ったな」と、八年前と変わらない声色で。
それだけでもう、すべてが報われた思いがした。