目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。
09.
それから、カミルが目覚めてから──初めての夏が訪れる。
お医者様が言った通り、夫の体には障害が残り、それは一人で満足に歩くことすらままならないものだった。
皮肉なことに意識がなかった時と比べて、起きている今の方が肉体の衰えは早くなっていた。
目覚めた後も何度か昏睡状態に入り、その都度何とか覚醒し、大きく体力を消耗する。
口には出さなかったけど、誰もが気付いていた。
夫の命の灯は残り少ない。もう、あとわずかであると。
カミルの意識が戻ってからも、私の生活はさほど変わりはしなかった。
勉強と執務と、それからできる限りそばに付いてあげること。
可能なら、もっと長くいっしょにいたかったけど、それでは逆に夫が気疲れしてしまうと思い、前と比べて二人の時間を多少増やしたという程度に留めた。
その代わり、一秒一秒を大切に過ごした。
二人でいる時は、ずっと彼を見続けて、ずっと彼に耳を傾けていた。
この優しい視線を忘れないように。
私に話しかけてくれる声を、忘れないように。