目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。
11.
最後の言葉が届いたかどうかわからない。
次に気が付いた時、私は雨のあばら家の中にいた。
「ここは屋根が低いから、雷が落ちるとしてもまず風車小屋だな……」
その声にハッとして、顔を上げる。
二十代の頃のカミル。若く元気な彼がそこに立っていた。
「出ましょう!」
「え?」
「ここは危険です! 早く!」
あの瞬間だった。
私が一番後悔する瞬間。その時へと本当に時間が巻き戻っていた。
すぐに戸惑う夫の手を引き、風車とは反対方向の裏口を通って外に出る。
荷物も持たず、雨に濡れることなどお構いなしに、夫を連れ出す。
次の刹那、雷が鳴り響き、風車小屋を直撃する。
そして、打ち付けるような強風。
焼けて脆くなった羽根が空き家に突き刺さり、大きな音とともに壁が打ち砕かれ、崩落した。
轟音。ただ轟音。
ガラスが割れる音と、壁が崩れ落ちる音と、焦げた風車が雨で静められる音。
すべてがないまぜになった音と光景を、呆然として私たちが見送る。