目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。

03.


 そんなふうに完璧と言っていい彼だったけど、一度だけ弱さを見せた時があった。
 それは、実父であるトレーガー伯が亡くなった時。
 トレーガー伯、私から見た義父は、私たちが結婚した後もしばらくは小康状態を保ち、存命だった。
 しかし、季節が秋から冬に移り変わってゆくある日、急激な気温の変化とともに容態も急変し、介抱する暇もなく亡くなってしまった。
 とても残念なことだけど、前々から覚悟していたことでもあり、葬儀や権利の承継など、手続きは滞りなく進んでいく。
 そして、あらかたの段取りが片付いて、生活も今までの日常へと戻りつつあり、二人で部屋でくつろいでいた晩のこと。
 カミルはうつろな目をして、小さな声でつぶやいた。

< 6 / 33 >

この作品をシェア

pagetop