目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。
「……『時戻りの実』という果実があるらしい」
「えっ、とき……何ですか?」
「『時戻りの実』。時間を戻す魔法の実だよ。それを食べれば時をさかのぼることができるらしいんだ。たとえば、父さんが病気になる前とか……好きな時から人生をやり直すことができるという。北の森に住む魔女から、誰かがその実を買ったって噂を聞いてさ。本当にあるのなら……俺も……欲しいなって、ちょっと思ったんだ」
正直、すごく意外だった。
しっかり者で堅実そのものといえる夫から、そんな夢を見るような言葉が出てくるなんて。
『時戻りの実』……あるとは思えない。
そもそもそんな噂など聞いたこともないし、第一実存しているのなら、もっと皆が知っていて、それこそ競売にかけられたりしているはずだから。
「いや……馬鹿なことを言った。すまない。今のは忘れてくれ」
その考えは当の夫も同意見だったらしく、彼は頭を振って自らの言葉を否定した。
カミルは自嘲的な笑みを手で覆うように隠す。
私はおもむろに席を立ち、テーブルを回り込んで隣へ近づいた。