目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。
「……どうかしたか、リタ?」
怪訝な様子で私の名が呼ばれる。
どうかしたのは彼の方だと思った。
いつもだったら口にもしない、眉唾物といえる魔法の実の話を、遠い目で語る夫。
それだけ彼は実父の死に参っている。気丈に見えても、心は折れてしまう寸前だということがよくわかった。
私は、ソファに腰かけたままの彼の頭を、両腕で包み込んだ。
「お、おい、リタ……」
胸元に引き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。
その所作だけで私の意図するところを悟った夫は、何も言わず、体重を私に預けてきた。
何かしてあげたかった。
私などでは何を解決することもできないのはわかっていた。
そもそも誰であろうと無理なことだ。
死んだ人間は生き返らない。であれば、今の夫の心を完全に癒すことなど誰にもできないのだろう。
それでもこうして寄り添うことで、少しでも哀しみを分かち合えたなら。
単純な私では、思慮に富んだ彼の心を完全にはわかってあげられないかもしれない。
だとしても、あなたを思う人間がここにいることだけでも伝えたい。
そんな思いが、衝動となって体を動かしていた。