目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。
「……ありがとう」
夫は私の頬に手を寄せて、慈しむように優しく触れる。
続いて、「悪かったな」と、短く謝罪した。
「何が……ですか?」
「時を戻したいなんて言ってしまったことがだよ。父さんが元気な時まで戻ってしまうと、君との出会いもなくなってしまうことを失念していた。仮に時を戻せるとしても……それだったら、意味がないよな」
ああ、なんて愛しい人。
こんな時まで私のことを気遣ってくれなくてもいいのに。
「大丈夫ですよ。その時には、きっと私の方から会いに行きますから」
あなたを決して離したりしません。
そんな思いで抱きしめる力を少しだけ強くすると、夫もそれに応えて頬をなでてくれた。
気落ちしている彼には悪いけど、私は内心、今この時がとても幸せだと、代えようのない素晴らしい人生を送れていると思っていた。