カレシの塁くんはあたしの唇を求めてない
「悪いけどゴミ出しお願いしていいかな? 私、用事あるからさ」
顔を歪めて、申し訳なさそうにする八枝さん。「ごめん」という上辺だけの言葉を吐き捨てた彼女は、学生鞄を素早く手に取り、ステップを踏みながら教室を後にした。
ジャラジャラと鞄に付けているストラップが陽気に揺れる。
八枝さんがこうして掃除をサボるのは何度目だろう。彼女のそういう態度に失望しつつも、ギャルである八枝さんに言い訳できる根性はあたしには身についていない。
気づいたら八枝さんは掃除も中途半端で帰ることが日課になってしまった。いつもはあたしの他にもう一人、掃除を一緒にしている女子がいるのだけれど、その子はここ数日体調が良くないらしく、休んでいる。
「はあ…………」
だからだろうか、つい、ため息も漏れる。
「あ……塁くん、アハハ、ゴミ出し頑張るよー!」
教室の掃除当番でもない塁ヒロキくんが偶然あたしの前に現れた。そして、苦笑いするあたしを気にしてか、「オレ、これ持ちたい」と、大きい方のゴミ箱を抱き上げた。
塁くんはクラスで一番モテる。サラサラとした黒髪にキラキラした瞳。王子様的存在で、男女関係なくクラスの皆、塁くんには心を許しているように見える。
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