婚約破棄されたので、好きにすることにした。
(みんな、禿げてしまえばいいのよ。一生、薄毛に悩めばいいわ)
 その様子を想像すると、少しだけ心が晴れた。
 もうひとり異母弟もいたが、会ったことはなかったので、除外しておく。
 クロエは、自分が魔女であること。
 願っただけでそれが叶えられてしまうことを、まだ知らなかった。
 唯一の心残りは母のことだ。
(お母様、黙っていなくなってごめんなさい)
 母も連れて出ようかと思ったが、母もまた、女は男に従うべきだと考えている人間だ。
 幼い頃からそう言われ続けてしまえば、そんな考えになっても仕方がないのかもしれない。
 クロエだって、前世の記憶が蘇らなければ、母のような女になっていた。
 生まれたときから鳥籠で飼われていた鳥は、外では暮らせない。
 母だっていくらクロエが説得しても、父に逆らってはダメだとしか言わないだろう。
 母のしあわせを祈りつつ、ここで別れるしかないだろう。

 屋敷から抜け出してしばらく走ったところで、クロエは一度立ち止まった。
 ここまで逃げれば、すぐに見つかることはないだろう。
 まず父も婚約者だったキリフも、クロエが屋敷から逃げ出すなんて思わないに違いない。
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