婚約破棄されたので、好きにすることにした。
王城編
 クロエ・メルティガルは転生者だった。
 前世は橘美沙という名の、ごく普通の一般女性である。
 仕事と趣味に全力で、恋愛する暇もなかったという、やや残念な感じではあったが、人生を大いに楽しんでいた。
 死因は覚えていないが、若くして死んでしまったのだろう。
 気が付けば、アダナーニ王国という、魔法もある西洋ファンタジー風の世界に転生していた。
 メルティガル侯爵家の令嬢という生まれだったが、父は横暴で、婚約者は浮気者。
 しかもその浮気者の婚約者に、婚約破棄を宣言された最中に、前世を思い出してしまう。
 でも、それが幸いだった。
 クロエは父と婚約者を捨て、さっさとその場から逃げ出した。
 せっかく生まれ変わったのだから、自由に生きたい。
 そう思って家から飛び出したクロエは、元近衛騎士のエーリヒと再会し、彼と一緒に逃亡生活を送ることになる。
 クロエには魔力があり、しかも願っただけですべてを叶えられる、『魔女』だった。
 でも『魔女』の存在はとても希少であり、クロエが『魔女』であることを知られたら、大変なことになる。
 だからそれを隠し、普通の『魔導師』として、ギルドに所属して魔石の納品を行っていた。
 すべては両想いになったエーリヒと、正式に国籍を得て結婚するためだ。
 それなのに、クロエに執着するギルド員に妨害されたり、クロエの納品する質の良い魔石のせいで貴族に目を付けられたりと、散々だった。
 結局クロエは、魔法で髪の色を変えた姿のまま、『移民』として、マードレット公爵家の養女となり、再び貴族社会に戻ることになった。
 強要されたのではなく、クロエ自身がそう決めたことだ。
 貴族の、しかも男性ばかりが優遇され、女性や移民たちが虐げられているこの国の状況を、少しでも変えたいと思ったからだ。
 偽善かもしれないが、自分たちだけが幸せならそれでいいとは、どうしても思えなかった。
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