婚約破棄されたので、好きにすることにした。
 本当のクロエは、エーリヒだけが知ってくれている。
 もう二度と、メルティガル侯爵家のクロエに戻るつもりはないから、これでいい。
 そして先日、クロエはマードレット公爵家の養女として、王城での夜会に参加した。
 エスコートしてくれたのは、もちろん婚約者のエーリヒだ。
 エーリヒは、アウラー公爵の庶子である。
 アウラー公爵家で侍女をしていた母親が亡くなり、その後は公爵家に引き取られたが、正式に認知されておらず、今もきちんとした身分はない。
 間違いなく貴族の血は引いているものの、移民のクロエと同じような立場だった。
 エーリヒもクロエのように、どこかの貴族の養子となる話も出たが、彼は、完全に貴族の一員となることを嫌がった。
 たしかに条件付きでマードレット公爵家の養女となったクロエとは違い、一度貴族の養子になってしまえば、この国から出るのは難しくなってしまう。
 いずれ、この国を出て自由に生きたいと言ったクロエのために、エーリヒは不安定な立場のままでいる。
 クロエは、それが少し心配だった。
 けれどマードレット公爵令嬢となったクロエと正式に結婚すれば、エーリヒも公爵家の身内となる。
 エーリヒを守るためにも、早く結婚したかった。
「クロエ、どうした?」
 そう問いかけられて、我に返る。
 クロエの部屋で寛ぎ、魔法の本に目を通していたエーリヒが、心配そうにこちらを見ている。
「何度も溜息をついていた。何か不安なことでもあるのか?」
「……うん」
 頷くと、エーリヒは本を閉じて机の上に置き、クロエの傍に来て、隣に座った。
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