婚約破棄されたので、好きにすることにした。
「彼には、婚約者がいた」
 それが、かつてのクロエのことだと知るのは、エーリヒだけだ。
 クロエは険しい顔をしたエーリヒを宥めるように、繋いでいた手に力を込める。
「そうだったのですね。でも婚約者がいるのに、どうして私に?」
 何も知らない顔をしてそう尋ねると、アリーシャは少しだけ、言葉を選ぶように視線を彷徨わせる。
「キリフ殿下の婚約者はメルティガル侯爵家のご令嬢で、あなたと同じクロエという名前だったそうよ。そしてメルティガル侯爵は、この国の騎士団長」
「騎士団長……」
 少しどきりとしたが、クロエの魔法はきちんと効果を示したようで、アリーシャも同じ名前だということ以外、何も言おうとしなかった。
 この国では、軍部の司令官を形式的に騎士団長と呼んでいるので、クロエの父が剣を手に戦うわけではない。もし戦争が起きたとしても表には出ず、安全な後方で指揮をするだけだ。
 それでもメルティガル侯爵家は代々その騎士団長を担っており、この国では比較的名家の部類に入る。
「キリフ殿下は、王位継承にはあまり関わりのない方で、成人前には臣籍降下が決まっていた。そこで、メルティガル侯爵家のクロエ嬢と婚約していたのだけれど……。その辺りの事情は、話したわね」
「はい」
 クロエは頷いた。
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