アオハル・スノーガール
部室での密会
何となく覚えていただけのコスプレ撮影だったけど、みんなの反応は思いの外よくて。本格的に意見をまとめて、要望を出してみようと言うことで、意見は一致した。
今から進めて、文化祭までに間に合うかどうかは分からないとの事だったけど、せっかくやる気になったんだもの。衣装の注文をどうするかとか、予算はどうするかをよく調べてみるって、両部長は意気込んでいた。
里紅ちゃんや楓花ちゃんも乗り気で、早くもどんな衣装を着たいかなんて話していて。せっかくだから私も合わせて、三人で写真を撮ろうって言われたけど、実は去年行った文化祭では、恥ずかしいからコスプレは辞退していたんだよね。
でも今なら、それも悪くないかなって思えるから不思議。
かくして、話し合いは夕方まで行われて、その後解散になったんだけど。
みんなと別れて、学校を出てからしばらく経った頃。私は再び田良木高校へと戻ってきていた。
何か一つの事を考えてしまうと、他の事が疎かになってしまうのが私のドジな所。
家まで帰っている途中に、ふと思い出したの。郷土研の部室に、ペンケースを忘れてきちゃったってことを。
(もうだいぶ時間も遅いけど、怒られないよね?)
すっかり暗くなった校舎の中を、一人歩いて行く。
写真部の部室に集まる前、いったん郷土研の部室によったんだけど、忘れたのはたぶんその時。
だけど、部室はちゃんと開いてるかな?
(もしも鍵がかかっていたら、先生に頼んで開けてもらおうか? それとも、怒られたら嫌だから、回収は明日の朝にした方がいいかな?)
そんなことを考えながら、やって来た郷土研部室。すると部屋の前まで来て、ふと気づいた。辺りが暗くなりかけている中、部室から光が漏れていることに。
白塚先輩か岡留くんが、まだ残っているのかな?
だったら丁度いい、そう思ったけど。ドアノブに手をかけた瞬間、それは聞こえた。
「コスプレ撮影とは、なかなか面白い事になってきたね。せっかくだから直人も何か、衣装を着てみるかい?」
それは馴染みのある、白塚先輩の声。だけどそれを聞いて、思わず伸ばしていた手を引っ込めた。
今の先輩の台詞に、違和感があったのだ。
(あれ、白塚先輩、今『直人』って言った?)
それは岡留くんの下の名前だけど、と言うことは今、中には二人がいるのだろう。
それ自体は別にいいのだけど、先輩って岡留くんのこと、名前で呼んでいたっけ?
首を傾げていると、今度は岡留くんの声が聞こえてくる。
「遠慮しておく。俺が着たって、面白くないだろうし」
「そんな悲しい事を言ってくれるな。何度も言っているだろう。私にとって君は、世界一格好良い男の子なんだから」
「買いかぶりすぎだって。って、宝。急に抱きつくな。こんな所、誰かに見られたらどうするんだ?」
「ふふふっ、そう怖い顔をしないでくれ。二人きりの時は、こう言う事もさせてくれるって約束だろう、なおと~」
白塚先輩の猫なで声に、思わず息を呑む。それは今まで聞いたことも無いくらいに甘いもので。瞬時に頭の中を、色んな妄想が駆け巡った。
い、いいいったい中では、何が起こっているの⁉
それに岡留くんも、先輩の事を『宝』って、下の名前で呼んでいたし。いつもとは違う雰囲気の二人の会話に、ついドキドキしてしまう。
盗み聞きなんて良くない、そう分かっているのに。聞き耳を立てるばかりか、二人が何をしているかがどうしても気になって。
気付かれないようにそっと、ほんの少しドアを開いて、中の様子を窺ってみた。すると。
「頼むから、普段は注意してくれよ。今は綾瀬だっているんだから、俺達の関係を、感づかれたら面倒だ」
「つれないなあ。私はこんなに、愛していると言うのに。それに私は別に、バレても構わないよ。むしろ話したら、これからは気兼ねなく、千冬ちゃんの前でもべったりできるわけだし」
「宝……それ以上言うなら、今後一切こういう事はさせないからな」
『こういう事』、と言うのがどういう事か、分からない私じゃない。
そこ光景を見て、思わず息をのむ。白塚先輩は岡留くんの後ろに回り、背中から回した手を前でクロスさせながら、彼を抱きしめていたのだ。
それは漫画で恋人同士が見せるような、甘いスキンシップ。
岡留くんもため息をついてはいるけど、本気で嫌がっているようには見えなくて。目にした私は思わず息を呑んで、ドアから離れた。
な、な、な、何あれ⁉
赤面しながら出かかった声を飲み込んで、慌てて呼吸整える。
普段からスキンシップをしてくることの多い白塚先輩だけど、それでも男子相手にほいほいあんな事をするだなんて思えない。
恋愛経験なんて無い私だけど、あんなのただの先輩後輩がするような事じゃないって、分かるもの。
名前で呼び合っている、白塚先輩と岡留くん。『俺達の関係』と言う、意味深な言葉。ラブラブなスキンシップ。
それらが意味しているものなんて、一つしかなかった。
(そ、そっか。二人は付き合っていたんだ。たぶん、誰にもナイショで)
心臓がバックンバックンと、大きな鼓動を刻んでいる。
見てはいけないものを、見てしまった気がする。
そう言えばこの前、喫茶店で岡留くんが言っていたっけ。子供の頃から、好きな人がいるって。そして二人は、昔からお互いの事をよく知っている幼馴染同士……。
つ、繋がった。全部が繋がっちゃった!
理由は分からないけど、二人は周りに隠しながら付き合っている事は、まず間違いないだろう。逆に付き合ってもいないのにあんな事をしていたら、そっちの方がビックリだもの。
だけどたまに二人きりになると今みたいに名前で呼び合ったり、ハグをして甘えたりしてたんだ。
(こんなの、見ちゃって良かったのかな!? ど、どうしよう。心臓がドキドキしてきた。このままじゃ熱くなって溶けちゃう……って、あれ?)
そっと胸に手を当てて、違和感を覚える。
心臓は大きな鼓動を刻んでいて、ドキドキしていることに違いはなかったんだけど。
何故だろう。どう言うわけか、ちっとも体は熱くならないし、もちろん溶けたりもしない。
むしろ思っていたのとは逆に、スッと体温が冷たくなっていくような気がした。
心臓はうるさいくらい音を立てているのに、心は冷めていくような。こんな感覚は、初めてだ。
そしてそうしている間にも、部室からは二人の声が漏れてくる。
「それより宝、綾瀬にもこんな風に、ベタベタしすぎるなよ。アイツは宝ほど人と距離感が近いわけじゃないから、あんまりやりすぎると嫌われるぞ」
「へえ、心配してくれるんだ。けどそれって、私の心配? それとも、千冬ちゃんの心配? 直人って最近、やたらと千冬ちゃんの事を気にかけているよね。なんだか妬けちゃうなあ」
「そんなんじゃねーって。変な勘繰りを入れなくても、別にアイツの事は何とも思ってねーから」
――っ!
静かに、だけどハッキリと告げた岡留くんの言葉で、胸がきしむように痛みだす。
何とも思ってない、かあ。うん、分かっていたよ。
偶然バスで会って、たまたま入った同じ部活だった。ただそれだけの関係だもの。
助けてくれたのだって善意によるもので、私が特別ってわけじゃない。そんなの分かってるのに、どうしてこんなに、胸が痛むのだろう?
(なんか、嫌だなあ)
見てはいけないものを見てしまった次は、聞きたくなかった事を聞いてしまった気がして、そっとドアから離れる。
今日はもう帰ろう。二人の時間を、邪魔しちゃ悪いし。
ペンケースは、明日の朝にでも回収すればいい。それよりも今は、これ以上ここにいたくなかった。
その気持ちは、二人の密会を覗いてしまった事による背徳感から来るものなのか。それとも別の何かが原因なのかは、自分でも分からない。
部室を後にして、暗い校舎の中を静かに歩いて行く。
そんな私の胸の中。今まで感じた事のないモヤモヤが、消えずに渦巻いていた。
今から進めて、文化祭までに間に合うかどうかは分からないとの事だったけど、せっかくやる気になったんだもの。衣装の注文をどうするかとか、予算はどうするかをよく調べてみるって、両部長は意気込んでいた。
里紅ちゃんや楓花ちゃんも乗り気で、早くもどんな衣装を着たいかなんて話していて。せっかくだから私も合わせて、三人で写真を撮ろうって言われたけど、実は去年行った文化祭では、恥ずかしいからコスプレは辞退していたんだよね。
でも今なら、それも悪くないかなって思えるから不思議。
かくして、話し合いは夕方まで行われて、その後解散になったんだけど。
みんなと別れて、学校を出てからしばらく経った頃。私は再び田良木高校へと戻ってきていた。
何か一つの事を考えてしまうと、他の事が疎かになってしまうのが私のドジな所。
家まで帰っている途中に、ふと思い出したの。郷土研の部室に、ペンケースを忘れてきちゃったってことを。
(もうだいぶ時間も遅いけど、怒られないよね?)
すっかり暗くなった校舎の中を、一人歩いて行く。
写真部の部室に集まる前、いったん郷土研の部室によったんだけど、忘れたのはたぶんその時。
だけど、部室はちゃんと開いてるかな?
(もしも鍵がかかっていたら、先生に頼んで開けてもらおうか? それとも、怒られたら嫌だから、回収は明日の朝にした方がいいかな?)
そんなことを考えながら、やって来た郷土研部室。すると部屋の前まで来て、ふと気づいた。辺りが暗くなりかけている中、部室から光が漏れていることに。
白塚先輩か岡留くんが、まだ残っているのかな?
だったら丁度いい、そう思ったけど。ドアノブに手をかけた瞬間、それは聞こえた。
「コスプレ撮影とは、なかなか面白い事になってきたね。せっかくだから直人も何か、衣装を着てみるかい?」
それは馴染みのある、白塚先輩の声。だけどそれを聞いて、思わず伸ばしていた手を引っ込めた。
今の先輩の台詞に、違和感があったのだ。
(あれ、白塚先輩、今『直人』って言った?)
それは岡留くんの下の名前だけど、と言うことは今、中には二人がいるのだろう。
それ自体は別にいいのだけど、先輩って岡留くんのこと、名前で呼んでいたっけ?
首を傾げていると、今度は岡留くんの声が聞こえてくる。
「遠慮しておく。俺が着たって、面白くないだろうし」
「そんな悲しい事を言ってくれるな。何度も言っているだろう。私にとって君は、世界一格好良い男の子なんだから」
「買いかぶりすぎだって。って、宝。急に抱きつくな。こんな所、誰かに見られたらどうするんだ?」
「ふふふっ、そう怖い顔をしないでくれ。二人きりの時は、こう言う事もさせてくれるって約束だろう、なおと~」
白塚先輩の猫なで声に、思わず息を呑む。それは今まで聞いたことも無いくらいに甘いもので。瞬時に頭の中を、色んな妄想が駆け巡った。
い、いいいったい中では、何が起こっているの⁉
それに岡留くんも、先輩の事を『宝』って、下の名前で呼んでいたし。いつもとは違う雰囲気の二人の会話に、ついドキドキしてしまう。
盗み聞きなんて良くない、そう分かっているのに。聞き耳を立てるばかりか、二人が何をしているかがどうしても気になって。
気付かれないようにそっと、ほんの少しドアを開いて、中の様子を窺ってみた。すると。
「頼むから、普段は注意してくれよ。今は綾瀬だっているんだから、俺達の関係を、感づかれたら面倒だ」
「つれないなあ。私はこんなに、愛していると言うのに。それに私は別に、バレても構わないよ。むしろ話したら、これからは気兼ねなく、千冬ちゃんの前でもべったりできるわけだし」
「宝……それ以上言うなら、今後一切こういう事はさせないからな」
『こういう事』、と言うのがどういう事か、分からない私じゃない。
そこ光景を見て、思わず息をのむ。白塚先輩は岡留くんの後ろに回り、背中から回した手を前でクロスさせながら、彼を抱きしめていたのだ。
それは漫画で恋人同士が見せるような、甘いスキンシップ。
岡留くんもため息をついてはいるけど、本気で嫌がっているようには見えなくて。目にした私は思わず息を呑んで、ドアから離れた。
な、な、な、何あれ⁉
赤面しながら出かかった声を飲み込んで、慌てて呼吸整える。
普段からスキンシップをしてくることの多い白塚先輩だけど、それでも男子相手にほいほいあんな事をするだなんて思えない。
恋愛経験なんて無い私だけど、あんなのただの先輩後輩がするような事じゃないって、分かるもの。
名前で呼び合っている、白塚先輩と岡留くん。『俺達の関係』と言う、意味深な言葉。ラブラブなスキンシップ。
それらが意味しているものなんて、一つしかなかった。
(そ、そっか。二人は付き合っていたんだ。たぶん、誰にもナイショで)
心臓がバックンバックンと、大きな鼓動を刻んでいる。
見てはいけないものを、見てしまった気がする。
そう言えばこの前、喫茶店で岡留くんが言っていたっけ。子供の頃から、好きな人がいるって。そして二人は、昔からお互いの事をよく知っている幼馴染同士……。
つ、繋がった。全部が繋がっちゃった!
理由は分からないけど、二人は周りに隠しながら付き合っている事は、まず間違いないだろう。逆に付き合ってもいないのにあんな事をしていたら、そっちの方がビックリだもの。
だけどたまに二人きりになると今みたいに名前で呼び合ったり、ハグをして甘えたりしてたんだ。
(こんなの、見ちゃって良かったのかな!? ど、どうしよう。心臓がドキドキしてきた。このままじゃ熱くなって溶けちゃう……って、あれ?)
そっと胸に手を当てて、違和感を覚える。
心臓は大きな鼓動を刻んでいて、ドキドキしていることに違いはなかったんだけど。
何故だろう。どう言うわけか、ちっとも体は熱くならないし、もちろん溶けたりもしない。
むしろ思っていたのとは逆に、スッと体温が冷たくなっていくような気がした。
心臓はうるさいくらい音を立てているのに、心は冷めていくような。こんな感覚は、初めてだ。
そしてそうしている間にも、部室からは二人の声が漏れてくる。
「それより宝、綾瀬にもこんな風に、ベタベタしすぎるなよ。アイツは宝ほど人と距離感が近いわけじゃないから、あんまりやりすぎると嫌われるぞ」
「へえ、心配してくれるんだ。けどそれって、私の心配? それとも、千冬ちゃんの心配? 直人って最近、やたらと千冬ちゃんの事を気にかけているよね。なんだか妬けちゃうなあ」
「そんなんじゃねーって。変な勘繰りを入れなくても、別にアイツの事は何とも思ってねーから」
――っ!
静かに、だけどハッキリと告げた岡留くんの言葉で、胸がきしむように痛みだす。
何とも思ってない、かあ。うん、分かっていたよ。
偶然バスで会って、たまたま入った同じ部活だった。ただそれだけの関係だもの。
助けてくれたのだって善意によるもので、私が特別ってわけじゃない。そんなの分かってるのに、どうしてこんなに、胸が痛むのだろう?
(なんか、嫌だなあ)
見てはいけないものを見てしまった次は、聞きたくなかった事を聞いてしまった気がして、そっとドアから離れる。
今日はもう帰ろう。二人の時間を、邪魔しちゃ悪いし。
ペンケースは、明日の朝にでも回収すればいい。それよりも今は、これ以上ここにいたくなかった。
その気持ちは、二人の密会を覗いてしまった事による背徳感から来るものなのか。それとも別の何かが原因なのかは、自分でも分からない。
部室を後にして、暗い校舎の中を静かに歩いて行く。
そんな私の胸の中。今まで感じた事のないモヤモヤが、消えずに渦巻いていた。