アオハル・スノーガール
モヤモヤな気持ち
白塚先輩と岡留くん、付き合っていたんだ。
まあ、別にいいんだけどね。二人が付き合っていても、私には関係の無いことだし。何も気にすることなんて無いもの。
「綾瀬。なあ、聞いてるか?」
なのにこんなにも、胸の中がモヤモヤするのはどうして?
考えられるのは、郷土研で私だけが、仲間外れみたいになるということ。ひょっとしたら、お邪魔虫になっちゃってるんじゃ?
いや、さすがにそれはないか。それだったら、最初から勧誘しなければ良かったんだものね。
「綾瀬。なあ綾瀬」
けどモヤモヤは、未だ消えてはくれない。
もしかしたら心のどこかで、ナイショにされているのを不満に思っているのかも。
けど、それってすごいわがままだよね。二人がどうしてナイショにしているのかは知らないけど、きっと何か理由があっての事だと思う。
なのにこんな風に思ってしまうなんて、心が狭い。我ながら恥ずかしい……。
「綾瀬!」
「はいいっ!」
突如聞こえた耳をつくような大きな声に、思わず悲鳴をあげた。
いつの間にこんな近くに来ていたのかな。目の前には岡留くんの顔があって、向かい合って両肩を掴んでいる。
「大丈夫か? 気分が悪いなら、保健室に行くか?」
心配そうな目で、私を見つめる岡留くん。
いけない、今は部活の途中で、部室で壁新聞を作っている最中だった。
コスプレ撮影の話は出てきたけど、新聞の展示ももちろんあるんだもの。しっかり作らないといけないのに、つい考えこんじゃってた。
「ごめんなさい、暑くてボーッとしてました」
「やっぱり、体調が悪いのか。保冷剤、いる?」
「いえ、そんな大した事無いので」
あわてて首をブンブンと横にふる。本当は、暑いわけじゃないんだけどね。
だけどなんで悩んでいるかを言うわけにもいかなくて。嘘をついてしまった事に、チクリと胸が痛む。
「そ、そういえば白塚先輩はどこへ?」
「それも覚えてないのか? 例の撮影会の事で、写真部の部長と一緒に、要望書を出しに行ってる」
「そうでした、うっかりしてました」
「なあ、本当に平気か? 今日は……いや、ここ最近、元気が無い気がするけど?」
気のせいです、とは言えなかった。
白塚先輩と岡留くんの密会を見てしまってから数日、ずっとあの事が頭から離れなくて。気がついたらその事ばかり考えて、ついボーっとしちゃてる。教室でもよく、里紅ちゃんや楓花ちゃんから心配されているもの。
けどこれ以上詮索されて、あの現場を見たことを知られるわけにはいかない。
「それより、部活の出し物も頑張らないとですけど、クラスの方はどうなっています? 岡留くんのクラスは、何をやるんですか?」
「うちは喫茶店。簡単な料理を作ったり、コーヒーや紅茶を出したりする」
「喫茶店って、岡留くんのお家と同じじゃないですか。もしかして、それが理由で?」
「いや、たまたまだから。そもそも俺の家が喫茶店だって知ってる奴は、そんなにいないし」
あ、そうだったんだ。
だけどきっと、白塚先輩は知っているよね。何せ彼女なんだもの……って、またその事と結びつけて考えてる。しっかりしろ私!
「綾瀬のクラスは何を?」
「うちは劇をやります。もっとも、一学期のうちに配役は決まっているから、私は忙しそうな所を、手伝うだけですけどね」
転校生なのだから、こればかりは仕方がない。でもみんなせっせと用意しているんだから、私だって手を抜いてはいられないよね。
「けど喫茶店だったら、岡留くん活躍できますね。何せ本職なんですから」
「だといいけど。学校だと、使える道具や食材が限られているからなあ。思ったように料理を作れるかわからないし、コーヒーや紅茶も、原料を選べないのがなあ」
なるほど、そういう悩みもあるのか。
けど何となくだけど、岡留くんならそれでも、素敵な味を作れるような気がする。
「できますよ、岡留くんなら。まだ高校生なのに料理もできて、お店を手伝っているんですもの。これは凄い事ですよ」
「凄い、のか? 自分じゃよくわからないな。親が離婚して、気がつけばキッチンに立って、店も手伝うようになっていただけだからなあ」
「え、そうだったんですか?」
喫茶店でお客さんたちと気さくに話していた、マスターを思い出す。
離婚していたなんて、何だか意外。すると岡留くんは、言いにくそうに口を開く。
「悪い、今のは黙っていてもらえると助かる。変に色々言われたくないんだ」
それはもちろん。元々、言いふらす気なんて無い。
中には無神経に、面白おかしくつついてくる人もいるってことを、よく知っているから。
「喫茶店には、必ず行きますね。岡留くんのアイスティー、また飲みたいですから」
「ああ、喜んでもらえるよう、頑張ってみるよ。もっとも、来てくれても俺は裏方だから、顔は見せられないけど」
「え、接客はしないんですか?」
「俺は調理担当だからなあ。接客をするには愛削がなさすぎるって、満場一致で決まったよ」
ニコリともせずに言う。満場一致って、そんな。
もう、みんな分かっていないよ。確かに岡留くんは無表情だけど、細かな気遣いができるから、接客も全然いけるのに。
もちろん調理もできるから、そっちに回したのも間違いじゃないけど。
「けど、ちょっと残念です。岡留くんのウェイター姿、見られると思ったのに」
「それなら、うちで見ただろう?」
「そうですけど、接客をしている時の岡留くん、とっても格好良いですから。何度見ても飽きませんよ」
コーヒーや紅茶の香りが漂う喫茶店で、白と黒のシックな服装に身を包んでいた岡留くんの姿を思い出す。
やっぱり見たかったなあ、ウェイター姿。岡留くんのクラスの人達も、あれを見たら意見を変えて、接客に回そうとするんじゃないかなあ。それくらい、様になっていたんだもの……って、あれ?
さっきまでは普通に話していたのに。岡留くんはなぜか俯いて、目をそらしていた。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっとな。そんな風に言われたことなんて無かったから……」
「そんな風って……ああっ!」
彼が言わんとしている事が、ようやくわかった。
私岡留くんのことを、つい格好いいって言っちゃったけど、面と向かって言うのは、よく考えたら結構恥ずかしい。向こうも照れたように、目を合わせてくれないし。
いつもとは違う彼の表情が見られたのはちょっと嬉しかったけど、甘ったるいような気まずいようなおかしな空気が、部室を包み込む。
「ご、ごめんなさい、変な事言って。ああ、変って言っても、岡留くんが格好いいと言うのは本当で……」
「わかった。わかったからもういい」
あわわ、また余計な事を言っちゃったかも?
だけど二人して空気に耐えていると、ガチャリと部室のドアが開いて。白塚先輩が姿を表した。
「作業の進行具合はどうかな……って、二人とも、顔が赤いようだけど、何かあったのかい?」
「な、ななな、何でもありません!」
別に悪いことをしていたわけじゃないのに、つい焦って声が上ずってしまう。
だけど幸い、白塚先輩は変に勘ぐる事なく、「そうか」とだけ言って席へと座った。
「あ、そうそう。コスプレ撮影の話、まだ本決定では無いけど、たぶんいけるだろうって言われたよ。岡留くんも、鬼の衣装でも着てみたらどうだ?」
「またその話? だから俺はいいって」
「うむ、頑なだねえ。けどよく考えてみて。写真部の人達のは、撮るのが仕事、撮影を彼らに任せるなら、私達はせめてコスプレして協力するのが、筋じゃないのかい?」
「それは……」
なるほど、そう言われれば確かに。岡留くんも言い返せないみたいで、黙ってしまった。
「頭のこの辺から角を生やしたら、格好よくなると思うよ」
「ならない。つーかベタベタ触るな」
気だるそうにため息をつく岡留くんだったけど、白塚先輩の気持ちも分かる。
大好きな彼のいつもとは違う姿、やっぱり見たいって思いますよね。
だけど面白がって髪を触ろうとする白塚先輩と、じゃれ合うようにそれを防ぐ岡留くんを見ていると、不思議と胸が痛んだ。
二人との間に、まるで見えない壁があるような感じがして。モヤモヤしたよくわからない気持ちが広がっていく。
(いいなあ先輩は。岡留くんと仲が良くて)
なんだか私だけが蚊帳の外にいるような気がして、寂しさを感じるのだった。
まあ、別にいいんだけどね。二人が付き合っていても、私には関係の無いことだし。何も気にすることなんて無いもの。
「綾瀬。なあ、聞いてるか?」
なのにこんなにも、胸の中がモヤモヤするのはどうして?
考えられるのは、郷土研で私だけが、仲間外れみたいになるということ。ひょっとしたら、お邪魔虫になっちゃってるんじゃ?
いや、さすがにそれはないか。それだったら、最初から勧誘しなければ良かったんだものね。
「綾瀬。なあ綾瀬」
けどモヤモヤは、未だ消えてはくれない。
もしかしたら心のどこかで、ナイショにされているのを不満に思っているのかも。
けど、それってすごいわがままだよね。二人がどうしてナイショにしているのかは知らないけど、きっと何か理由があっての事だと思う。
なのにこんな風に思ってしまうなんて、心が狭い。我ながら恥ずかしい……。
「綾瀬!」
「はいいっ!」
突如聞こえた耳をつくような大きな声に、思わず悲鳴をあげた。
いつの間にこんな近くに来ていたのかな。目の前には岡留くんの顔があって、向かい合って両肩を掴んでいる。
「大丈夫か? 気分が悪いなら、保健室に行くか?」
心配そうな目で、私を見つめる岡留くん。
いけない、今は部活の途中で、部室で壁新聞を作っている最中だった。
コスプレ撮影の話は出てきたけど、新聞の展示ももちろんあるんだもの。しっかり作らないといけないのに、つい考えこんじゃってた。
「ごめんなさい、暑くてボーッとしてました」
「やっぱり、体調が悪いのか。保冷剤、いる?」
「いえ、そんな大した事無いので」
あわてて首をブンブンと横にふる。本当は、暑いわけじゃないんだけどね。
だけどなんで悩んでいるかを言うわけにもいかなくて。嘘をついてしまった事に、チクリと胸が痛む。
「そ、そういえば白塚先輩はどこへ?」
「それも覚えてないのか? 例の撮影会の事で、写真部の部長と一緒に、要望書を出しに行ってる」
「そうでした、うっかりしてました」
「なあ、本当に平気か? 今日は……いや、ここ最近、元気が無い気がするけど?」
気のせいです、とは言えなかった。
白塚先輩と岡留くんの密会を見てしまってから数日、ずっとあの事が頭から離れなくて。気がついたらその事ばかり考えて、ついボーっとしちゃてる。教室でもよく、里紅ちゃんや楓花ちゃんから心配されているもの。
けどこれ以上詮索されて、あの現場を見たことを知られるわけにはいかない。
「それより、部活の出し物も頑張らないとですけど、クラスの方はどうなっています? 岡留くんのクラスは、何をやるんですか?」
「うちは喫茶店。簡単な料理を作ったり、コーヒーや紅茶を出したりする」
「喫茶店って、岡留くんのお家と同じじゃないですか。もしかして、それが理由で?」
「いや、たまたまだから。そもそも俺の家が喫茶店だって知ってる奴は、そんなにいないし」
あ、そうだったんだ。
だけどきっと、白塚先輩は知っているよね。何せ彼女なんだもの……って、またその事と結びつけて考えてる。しっかりしろ私!
「綾瀬のクラスは何を?」
「うちは劇をやります。もっとも、一学期のうちに配役は決まっているから、私は忙しそうな所を、手伝うだけですけどね」
転校生なのだから、こればかりは仕方がない。でもみんなせっせと用意しているんだから、私だって手を抜いてはいられないよね。
「けど喫茶店だったら、岡留くん活躍できますね。何せ本職なんですから」
「だといいけど。学校だと、使える道具や食材が限られているからなあ。思ったように料理を作れるかわからないし、コーヒーや紅茶も、原料を選べないのがなあ」
なるほど、そういう悩みもあるのか。
けど何となくだけど、岡留くんならそれでも、素敵な味を作れるような気がする。
「できますよ、岡留くんなら。まだ高校生なのに料理もできて、お店を手伝っているんですもの。これは凄い事ですよ」
「凄い、のか? 自分じゃよくわからないな。親が離婚して、気がつけばキッチンに立って、店も手伝うようになっていただけだからなあ」
「え、そうだったんですか?」
喫茶店でお客さんたちと気さくに話していた、マスターを思い出す。
離婚していたなんて、何だか意外。すると岡留くんは、言いにくそうに口を開く。
「悪い、今のは黙っていてもらえると助かる。変に色々言われたくないんだ」
それはもちろん。元々、言いふらす気なんて無い。
中には無神経に、面白おかしくつついてくる人もいるってことを、よく知っているから。
「喫茶店には、必ず行きますね。岡留くんのアイスティー、また飲みたいですから」
「ああ、喜んでもらえるよう、頑張ってみるよ。もっとも、来てくれても俺は裏方だから、顔は見せられないけど」
「え、接客はしないんですか?」
「俺は調理担当だからなあ。接客をするには愛削がなさすぎるって、満場一致で決まったよ」
ニコリともせずに言う。満場一致って、そんな。
もう、みんな分かっていないよ。確かに岡留くんは無表情だけど、細かな気遣いができるから、接客も全然いけるのに。
もちろん調理もできるから、そっちに回したのも間違いじゃないけど。
「けど、ちょっと残念です。岡留くんのウェイター姿、見られると思ったのに」
「それなら、うちで見ただろう?」
「そうですけど、接客をしている時の岡留くん、とっても格好良いですから。何度見ても飽きませんよ」
コーヒーや紅茶の香りが漂う喫茶店で、白と黒のシックな服装に身を包んでいた岡留くんの姿を思い出す。
やっぱり見たかったなあ、ウェイター姿。岡留くんのクラスの人達も、あれを見たら意見を変えて、接客に回そうとするんじゃないかなあ。それくらい、様になっていたんだもの……って、あれ?
さっきまでは普通に話していたのに。岡留くんはなぜか俯いて、目をそらしていた。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっとな。そんな風に言われたことなんて無かったから……」
「そんな風って……ああっ!」
彼が言わんとしている事が、ようやくわかった。
私岡留くんのことを、つい格好いいって言っちゃったけど、面と向かって言うのは、よく考えたら結構恥ずかしい。向こうも照れたように、目を合わせてくれないし。
いつもとは違う彼の表情が見られたのはちょっと嬉しかったけど、甘ったるいような気まずいようなおかしな空気が、部室を包み込む。
「ご、ごめんなさい、変な事言って。ああ、変って言っても、岡留くんが格好いいと言うのは本当で……」
「わかった。わかったからもういい」
あわわ、また余計な事を言っちゃったかも?
だけど二人して空気に耐えていると、ガチャリと部室のドアが開いて。白塚先輩が姿を表した。
「作業の進行具合はどうかな……って、二人とも、顔が赤いようだけど、何かあったのかい?」
「な、ななな、何でもありません!」
別に悪いことをしていたわけじゃないのに、つい焦って声が上ずってしまう。
だけど幸い、白塚先輩は変に勘ぐる事なく、「そうか」とだけ言って席へと座った。
「あ、そうそう。コスプレ撮影の話、まだ本決定では無いけど、たぶんいけるだろうって言われたよ。岡留くんも、鬼の衣装でも着てみたらどうだ?」
「またその話? だから俺はいいって」
「うむ、頑なだねえ。けどよく考えてみて。写真部の人達のは、撮るのが仕事、撮影を彼らに任せるなら、私達はせめてコスプレして協力するのが、筋じゃないのかい?」
「それは……」
なるほど、そう言われれば確かに。岡留くんも言い返せないみたいで、黙ってしまった。
「頭のこの辺から角を生やしたら、格好よくなると思うよ」
「ならない。つーかベタベタ触るな」
気だるそうにため息をつく岡留くんだったけど、白塚先輩の気持ちも分かる。
大好きな彼のいつもとは違う姿、やっぱり見たいって思いますよね。
だけど面白がって髪を触ろうとする白塚先輩と、じゃれ合うようにそれを防ぐ岡留くんを見ていると、不思議と胸が痛んだ。
二人との間に、まるで見えない壁があるような感じがして。モヤモヤしたよくわからない気持ちが広がっていく。
(いいなあ先輩は。岡留くんと仲が良くて)
なんだか私だけが蚊帳の外にいるような気がして、寂しさを感じるのだった。