アオハル・スノーガール

黒い髪の理由

 予期せぬ形でのカミングアウトになってしまった。
 固まってしまった私と、申し訳なさそうに謝る楓花ちゃん。そんなオーバーリアクションがいけなかったのか、室内には気まずい沈黙が流れる。

 白い髪をしているからといって、正体が雪女だとバレたわけではない。けどそんな事は関係なしに、私はこの事実を隠しておきたかったのだ。
 だけどさっきの、ウィッグをつけたくない、きっと似合わないという言動がまずかったのだろう。首をかしげながら私を見るみんなの、『どうして隠してたの?』という気持ちが、ひしひしと伝わってくる。

 この空気は、良くないよね。それなら……。

「え、ええと。特に深い意味は無いんです。せっかく黒く染めてるんだから、わざわざ白いウィッグなんてつけたくないなーって思って。は、はははは……」

 精一杯の笑顔を作って、淀んだ空気を変えるべく、わざと明るい声で笑ってみせたけど。すぐに失敗したって悟った。

 声だけは明るいのに、感情が追い付いていない乾いた笑いが虚しく響いて。笑えば笑うほど、みんなどんどん気まずそうな顔になっていく。こんなはずじゃなかったのに!

 すると案の定無理をしていると察したのか、楓花ちゃんが今まで見た事もないくらい、申し訳なさそうな青い顔をする。

「ほ、本当にごめんね。無神経な事言っちゃったみたいで」
「ううん、そんな深く考えないで。白い髪をしていたら、派手過ぎるって怒られる事が多くて。だから黒く染めてるってだけなの」

 フォローすべく慌てて言ったけど、これは本当。
 言ってしまえば、ただそれだけの理由なのに。口にした途端胸の奥が、ズキンと痛んだ。

 すると今の話に疑問を感じたのか、白塚先輩が首をかしげる。

「それって、おかしくないかい? 白い髪というのは地毛なのだろう。なのにどうして怒らなきゃいけないんだい?」
「まあ、そうなんですけどね。けど、前の学校は進学校で、そんな髪をしていたら学校のイメージを損なうから黒く染めなさいって、言われていたんですよ」

 場をおさめたくて説明したけど、もしかしたら余計に納得できなかったのかも。
 白塚先輩だけでなく話を聞いていた全員が「んん?」と唸りながら、飲み込めないでいるみたい。
 岡留くんも怪訝そうに、眉間にシワをよせる。

「わけわかんねー。学校の都合で髪染めろって、どう考えてもおかしいだろ」

 うん、私も高校に入ったばかりの頃は、同じ事を思っていた。ううん、正確には今も本当は、彼と同じ気持ち。

 いつの間にか話はすっかり、衣装から私の髪へと移ってしまっていて。こうなったら下手に話を打ち切っても、変にモヤモヤが残ってしまいそう。
 意を決して息を吸い込むと、ポツポツと語り始めた。

「ええとですね。まず私の髪は、生まれつき白い色をしていました。別にハーフやクォーターってわけじゃないんですけど、たまにそういう髪をした子供が、生まれてくる家系なんです」

 雪女だから白い髪をしていると言う点は、伏せておく。
 そんな事を言っても信じてくれないだろうし、今は関係ないものね。変わった髪の色をしているという事だけに焦点を当てて、説明を続ける。

「校則では、髪を派手な色に変える事を禁止されていました。そんな中私の髪はとても目立っていて、よく先生から、黒く染めるように言われていたんです」

 ここまではさっきも言ったこと。だけど白塚先輩や岡留くんが疑問に思ったように、髪の色は生まれつきなのだから、本当なら咎められるような事じゃない。
 にも拘らず、私が注意された理由。それは。

「私は、髪以外はどう見ても日本人だから、脱色しているようにしか見えないって。保護者からも、校則を守っていない生徒がいるってクレームがあったらしく。事実はどうあれ、これだと他の生徒に悪影響を与えるって、言われました」
「へ?」
「はあ?」
「……どういう事?」

 言っていることが分からないといった様子で、みんな困惑の声を漏らしている。
 ああ、うん。私も最初注意された時は、そんな反応だったなあ。

 持って生まれた髪なのに、事情も知らない人の都合で咎められるなんて冗談じゃないって思った。
 だけどあの学校では、そんな考えの方が少数派で。『誤解されたら、お前だって嫌だろう。染めた方が良いぞ』なんて、あたかも私のためみたいに言ってくる先生に、何度腹が立ったことか。

「何度も拒否していたらそのうち、迷惑だ、生意気だ、風紀を乱すなんて、言われるようになりました。地毛かどうかなんて関係無くて、誤解を与えるかどうかが問題なんだって。これだけ注意されているのに言う事を聞かないなんて協調性が無い。少しは周りに合わせることを覚えないとこの先やっていけないって、怒られた事もありました」

 話していて、吐き気にも似た嫌な気持ちが込み上げてくる。間違った事なんてしていないのに、責められて、否定されるのはとても苦しい。
 吐き気を堪えるように黙っていると、岡留くんが聞いてきた。

「味方してくれる先生は、いなかったのか?」
「注意しない先生ならいましたけど、味方してくれる先生と言うのは……」

 みんな面倒に巻き込まれたくなかったのか、誰も私の声に耳を傾けてくれる人はいなかった。
 だけど、先生はまだよかったよ。いくら保護者からクレームが来てるといっても、こっちに非はないのだから。無理やりスプレーで髪を染めるなんて事は、さすがにしなかった。

 だけど、目立つ髪をした私に不満を持っていたのは、先生だけじゃなかった。
 いつまでも髪を染めずにいたら、そのうち上級生にも目をつけられるようになっていったのだ。

 優秀な生徒ばかりが通う進学校ではいじめはないなんて勘違いしている人もいるけど、そんな事はない。
 最初はやっぱり、口頭での注意から始まったけど。それでも頑なに言う事をきかない私への態度は、やがて嫌がらせに形を変えて。
 休み時間に呼び出される事もあれば、わざわざクラスの子でも使ったのか、教科書やノートを破かれるなんて事も、度々あった。

(あれは、地獄だったなあ)

 先生に相談したけど、髪の色を変えない、言う事を聞かない生徒の味方なんてしてくれなくて。仲の良かったクラスの子達も、次第に関わるまいと離れていってしまった。
 下らないことに巻き込まれて先生から目をつけられたくないし、成績だって落としたくない。あそこでは、そう考えるのが普通だったのだ。

 孤立した学校生活はとても堪えきれるものではなく。そしてある日ついに、先輩達との間で大きなトラブル……ううん、事件が起きた。
 それは学校にいられなくなるには十分な出来事で。だから私は逃げ出したんだ。

 あれほど頑なに染めそうとしなかった髪だけど、すっかり心が折れてしまって。今度は悪目立ちしないよう、黒くした。
 何だか大切なものを失くしたような気がしたけど、それでもまたあんな思いをするくらいなら、意地なんて捨ててしまった方がマシだって思ったから。

 そして父方の祖母である、お雪おばあちゃんを頼ってやって来たのだ。誰も私の事を知らない、この田良木高校に。
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