アオハル・スノーガール

妖の通う床屋さん

 今日は日曜日。今私が来ているのは、山の麓にある、小さな床屋さん。
 最初にこっちに越してきたあの日、髪を黒く染めていた私に、おばあちゃんは言ってくれていた。もしも髪を元に戻したかったら、良い散髪屋を紹介するって。
 あれって、こういう事だったんだね。

 
 一見するとどこにでもある、普通の床屋さん。だけど一度店内に入ると、普通じゃないってすぐにわかる。だって……。

「ほら、あまり頭を動かさないで。あなたはちょっと動いただけかもしれないけど、大きくズレるんだから」
「あらやだごめんなさい。首が長いと、こういう時は不便なのよねえ」

 そんな会話をしているのは、このお店の店長さんの男性と、お客さんの女性。
 だけど二人の出で立ちは少し……ううん、大分変わっている。

 まずは店長。一見すると気の良さそうな普通の中年男性なんだけど、彼は散髪中にも関わらずハサミを持っていない。持ってはいないんだけど。

 彼の腕の先。本来手があるべきその箇所が、鋭いハサミになっている。そう、ハサミを持っているのではなく、生えているんだ。
 たしか外国の映画で、似たようなやつがあったかな。手がハサミになっている、人造人間の映画が。それに出てくる主人公のように、手首から先がハサミになっていて、お客さんの髪を器用に切っている。
 彼は人間じゃない。カミキリと言う、その名の通り髪を切ることを生業にした、私と同じ妖だ。

 そして髪を切られている女性はというと、こちらは信じられないくらい首が長い。
 もしもまっすぐに首を伸ばしたら、簡単にお店の天井に頭が届いてしまうくらいに長くて。だけどそれだと当然、散髪なんてできはしないから、今はその長い首をくねくねと折り曲げながら頭を低くして、髪を切ってもらっている。
 彼女は、ろくろ首と言う妖だ。

 他にも店内には、顔の真ん中に大きな目玉が一個だけある、ひとつ目小僧もいる。
 ここは人間のための床屋じゃない。カミキリが店長をしている、妖が通うための床屋さんなのだ。

 店長もお客さんも妖だなんて。もしも白塚先輩や岡留くんがここに来たら、どんな顔をするだろう。
 妖だらけでテンションが上がるか、それともさすがに驚いて腰を抜かす? うーん、分かんないや。

 おばあちゃんいわく、ここなら黒く染めた髪を、元に戻してもらえるそうだけど。

「いらっしゃい。君が、お雪さんのお孫さんだね。話は聞いているよ」
「はい、今日はよろしくお願いします」

 順番が回ってきて席についた私の首に、カミキリさんが慣れた手つきでシートを巻いてくる。

 妖の床屋なんて、来るのは初めて。
 実はこんな感じで、妖しか通うことのできない隠れたお店は、床屋に限らず結構あるんだけど、今まではわざわざそんな専門のお店に行く必要なんてなかった。
 だけど今回、髪を染め直すのではなく元に戻すためには、彼の力が必要だったのだ。

「黒く染めた色を落とす。これで間違いないね?」
「はい。けど、本当に出来るんでしょうか? カミキリって、髪を切る妖ですよね。髪染めは専門外なんじゃ?」
「ははは。さては君、妖のお店にはあまり行ったことがないね。僕達はね、時代に合わせて変化しているんだよ。これくらいお茶の子さいさいだよ」

 お茶の子さいさいって……今時あんまり言わないなあ。言葉は時代に合わせられていないような気もするけど、まあいいや。
 カミキリさんは長い私の髪を捲し上げると、その全てをタオルで包み込んで、頭にギュっとしばって固定した。

「このタオルには妖術が込められているから、こうしておけばだんだんと色がとれて、元の綺麗な白い髪に戻るはずだよ。時間は少しかかるけど」

 詳しいことはわからないけど、これなら髪を痛めることなく、元の白色に戻す事ができるらしい。妖術って便利。
 髪を脱色させて派手な色にするのは田良木高校でも校則違反になるけど、私の場合元の色に戻すだけ。学校の許可だって、ちゃんととっているもの。

 辛かった過去をぶちまけて、髪を元に戻したいって思うようになった私は、学校に話をつけるところから始めた。
 せっかく元に戻しても、また注意なんてされたら嫌だもの。話を聞いた生活指導の先生は最初は戸惑っていたけど、最終的におばあちゃんが間に入って話をつけてくれて、許可が降りたのだ。 

 色が落ちるにはカミキリさんが言ったように時間がかかるから、スマホをいじりながら待っていると。お店のドアが開いて、また一人お客さんが入ってきた。
 鏡を通して見てみると、それはおばあちゃんと同い年くらいの、眼鏡をかけて頭に狐の耳を生やした、着物姿の女性だった。

「いらっしゃい。おコンさん、久しぶりだねえ」
「どうも。ちょっと伸びてきたんで、いつものように頼めるかい。あら、今日はずいぶん、若い子が来てるんだねえ」
「お雪さんのお孫さんだよ。最近この町に越してきたんだって」

 脱色中の私は椅子から降りることはできなかったけど、何とか頭を後ろに回して、「どうも」と軽く会釈をする。
 話してる感じだとおコンさんって人、おばあちゃんの知り合いみたいで、まじまじと見つめてくる。

「これは驚いた。お雪ちゃんの若い頃にそっくりだよ。今いくつなんだい?」
「15歳です。高校一年になります」
「若いねえ。おっと、まだ自己紹介をしてなかったね。アタシはおコンって言って、そこの山で占い師をやってる狐の妖だよ。昔はよく、お雪ちゃんのことも占ってやったもんさ。明日の運勢から、恋占いまでね」
「恋占いって、おばあちゃんのですか?」

 それってもしかして、おじいちゃんとの相性を占ってもらってたとか?
 おばあちゃんは雪女だけど、亡くなったおじいちゃんは人間だった。人間と雪女の恋なんて、きっと大変なこともたくさんあったと思うけど、どんなだったんだろう。
 おばあちゃん、恥ずかしがって当時の事はあまり話してくれないけど、興味がある。
 人間と妖の恋かあ……。

「ふふふ、昔はよく、お雪ちゃんの恋愛相談にのったものだよ。で、あんたもその様子だと、恋に悩んでいるのかな?」
「えっ? いえ、私は別に」
「隠したって分かるよ。こっちは商売で占いをやってるんだから。どんな悩みを抱えているかなんて、顔を見れば大体分かるのさ。恥ずかしがることはないよ。お年頃なんだし、好きな男の子くらいいるでしょう」

 いやでも、本当に恋なんてしてないんだもん。好きな男の子なんて……。

 だけどその時脳裏にふと、何故か岡留くんの顔が浮かんだ。
 物静かで無表情。だけど意外と気遣い上手の、優しい男の子……いやいや、違う違う。きっと一番仲の良い男子だから、連想しちゃっただけ。だいいち岡留くんには、白塚先輩っていう彼女がいるんだもの。

 そんな百面相をしている私を覗き込みながら、おコンさんはニッコリと微笑んだ。

「どれ、こうして会えたのも何かの縁。特別に占ってやろうじゃないか。どうせアンタ、しばらくは動けないんだろう? 髪染めの途中だけど、別に構わないよね?」

 チラリとカミキリさんに目を向けると、コクリと頷かれる。
 確かにもうしばらく、頭をこのままにしておかなくちゃいけないし。それじゃあ、ちょっとだけ占ってもらおうかな。
 あ、ただし恋占い以外でね。

「それじゃあ、今度の文化祭。成功するかどうか占ってもらえませんか?」
「なんだ、そんな事で良いのかい? まあいいか、ちょっと待っとれ」

 おコンさんはそう言うと、顔の前に持ってきた右手の親指と人差し指をくっつけて輪っかを作り、できた穴を通して、私の顔をまじまじと見つめる。

 人相占いって言うのかな。こんなんで本当に何か分かるのって気もするけど、穴が空くくらい見続けるおコンさんには不思議な迫力があって、口を挟むこともできない。

 しばらくそうしていると、おコンさんは眉間にシワを寄せて、難しそうな顔をしてきた。

「これは、うむ。なかなか難しい相をしているねえ。ハッキリ言うよ。アンタに現れた相は、あまり良いものじゃない。場合によっては、大きな不幸が起こりかねない、嫌な相さ」
「そ、そんなに悪いんですか?」

 それって、コスプレ撮影会が大失敗するとか、当日何か大きな事故が起きるとか、そんな感じ?
 だけどおコンさんは、落ち着いた様子で付け加える。

「待った待った、悲観するのは早いよ。この手の相はちょっとしたきっかけで、不幸が一転して幸運に変えることが出来るんだよ。災い転じて福と成すって言う諺があるだろう。どんな悪い事が起きても、やり方次第でいくらでも状況は変えられるんだよ」

 不幸が幸運にねえ。でもそんな事ってある? ……いや、案外あるかも。
 現に私は、前の学校で苦しい目にあって逃げてきたけど、その先で楽しくやっているんだから。

「まあ、要は悪い事が起きても、後ろ向きになるなって事さ。笑う角には福来る、どうしようもなく嫌な事があった時こそ、前向きになってみると良いよ」

 おコンさんは頭の上の耳を揺らしながら、ニカッと笑った。
 嫌な事があった時こそ前向き、かあ。難しいかもしれないけど、頑張ってみようかな。
 転校してきてから初めての、大きなイベントなんだもの。みんなと一緒に成功させたいしね。

「分かりました。福が来るように、少しくらい嫌な事があっても、笑うことにしてみます」

 笑う角には福来る、ですね。福が舞い込んでくれるよう、満面の笑みで答えた。

 それからしばらくした後。店から出た私は、雪のように白い髪を、風になびかせていた。
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