アオハル・スノーガール
気づかされた気持ち
あわや一触即発という事態。だけどそんな私達を制したのは、岡留くんだった。
さっきまで郷土研のことをバカにされていたのに、彼は怒るわけでもなく。私から杉本さんへと視線を移す。
「横から悪い。けど今の話、俺も無関係じゃないみたいだったから。アンタ、綾瀬の知り合い?」
「杉本よ、杉本照美! 同じクラスでしょうが⁉」
叫ぶ杉本さんだったけど、岡留くんは「そうだっけ?」と、表情一つ変えない。たぶん嫌味を言っているんじゃなくて、本当に覚えてなかったんだろうなあ。
「そんなことより、さっきの話。郷土研の事は言われ慣れてるからいいけどさ。綾瀬まで悪く言うのは止めろよな」
声を張り上げたわえではなかったけど。相手をじっと見つめて淡々と話す岡留くんには、不思議な迫力がある。
さっきまで言いたい放題だった杉本さんも、圧倒されたように口を挟めない。
「あとさ、人の事を悪目立ちしてるなんて言ってたけど。その言葉、そっくりそのまま自分達に返ってきてるって事を、自覚した方が良いと思うけど」
「はあ? アタシたちがどうしたって……」
言い返そうとした杉本さんだったけど、ハッと口をつぐんだ。
私も話すのに夢中になってて気づかなかったけど、周りにはいつの間にか人が集まっていて、煙たがるような目でこっちを見ている。
杉本さん達、大方ちょっと難癖つけるだけのつもりだったんだろうけど、思いの外長引いてしまったのだろう。
さすがにこれ以上は続ける気にはなれなかったのか、杉本さんは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「もういいだろ。行こう、綾瀬」
岡留くんはそう言うと、ぎゅっと手を取って引っ張ってくる……って、私今、手を握られてる!?
「あ、あの。岡留くん、ちょっと……」
「いいから行こう。……言いたい事はあるだろうけど、ここは大人しくしててくれ」
「う、うん」
ダメだとはとても言えずに。急かされるまま挨拶も無しに杉本さん達に背を向けて、慌ててその場を後にする。
幸い、向こうも何も言ってこなかったけど、握られた手から熱が伝わってきて、胸がざわざわする。
さっきまでこみ上げていたはずの怒りなんて、いつの間にかすっかり引っ込んでしまっていた。
「あの、別に逃げたりしないので、手を放してもらって大丈夫です」
廊下の角を曲がって少し行ったところでようやくそう言うと、岡留くんは手を放して立ち止まる。そして何を思ったのか、そっと頭を下げてきた。
「悪い、あのままだとケンカしそうだったから、つい出しゃばった」
「そんな、頭を上げてください」
慌てて手を前に出して、ブンブンと振る。
きっと岡留くんから見た私は、怒りが爆発する寸前。いつケンカになってもおかしくないって、思われたんだろうなあ。
けど実際彼が来てくれなかったら、危なかったかもしれない。
(ダメだなあ。あれくらい、かわせるようにならないと)
髪を白く戻すと決めた時から、こう言う事はあるって覚悟してたんだから。気を引きしめなきゃいけないよね。
「……一応言っておくけど、次からは一人でどうにかしよう、なんて思ってはないよな?」
「どうして分かったんですか!?」
まるでテレパシーでも使って心を読んだみたいに、ピンポイントに考えてることを当てられてビックリ。
だけど当たったのは偶然だったらしく、岡留くんも「えっ?」と声を漏らした。
「何となく思っただけだったのに、本当にそんな事考えてたのかよ。別に一人で抱え込むことなんてないだろ。綾瀬が髪を元に戻したのは、この前俺達が焚き付けたせいでもあるんだしさ。少しは頼れよ」
「そんな、岡留くん達はただ、話を聞いてくれただけですよ。これ以上甘えるわけにはいきません」
「いいだろ、それくらい甘えても。少しは頼ってくれよ」
いつか妖怪大図鑑を作った時に私が言ったのと同じような事を言われてしまって、何も言い返せない。
ため息をついたり、大きく表情を崩したりしたわけじゃなかったけど、微かに目尻が下がって。一瞬だけ垣間見たその悲しげな様子に胸がざわついた。
「俺じゃあ、頼りないかもしれないけどな」
「そ、そんな事ありません。すっごく頼りになりますから!」
つい声のボリュームが大きくなる。
今だって困っている所を助けてくれたし。思えば最初に会った時から、彼には助けられてばかりだ。
「さっきだって杉本さん達から守ってくれましたし、暑さで倒れそうになっていたところを助けてもらいました。むしろ頼りっぱなしですよ!」
「それはそれで、お節介じゃなければいいけど」
「とんでもありません。とっても助かっています。私はそんな優しいところ、大好きですよ!」
「——っ!」
気持ちをわかってもらおうと熱弁を振るったけど。岡留くんは何故か急に目を反らして、心なしか顔に赤みを帯びている。
「……綾瀬ってさあ、時々ストレートに言葉使うよな。相手が俺だからいいけど、無防備にそう言う事言うと勘違いするやつもいるから、気を付けた方が良い」
「へ?」
一瞬、何の話をしているのか分からなかった。
私、何か変な事言ったっけ? 岡留くんが頼りになるって事と、優しいって事。あと、大好きだって事で――っ!!
そこまで考えて、ようやく彼の言わんとしている事が分かった。
あわわっ、な、なんて大胆な事を言っちゃったんだろう!?
「ご、ごめんなさい!」
「別に謝らなくてもいいけど。男相手にあまりそういう事を言うのは、な」
「だ、大丈夫です。ほいほい言うわけじゃありませんから。こんな風に思ってるのは、岡留くんだけ……」
口にしかけて、不意に胸がドキリと鳴った。
そうだ、ここまで大好きだって言える男の子って、岡留くんだけなんだ。
一度鳴り出した胸の鼓動はだんだんと大きくなっていき、ざわざわとした何かが、自分の中でうごめいている。
そんな私の心情なんて知らない岡留くんは表情を正すと、視線をそっと、白くした私の髪へと移してくる。
「それと、言うの遅れたけど……その髪、似合ってるから」
「え?」
予期していなかったタイミングでの一言に、思わず固まってしまう。
「杉本は変だって言ってたけど、そんな事ないから。黒髪ももちろん良かったけど、今の方が良いって言うか、綾瀬らしいって思う」
彼が一言発するたびに、顔や手に熱が帯びてくる。
里紅ちゃんや楓花ちゃんに誉められた時も嬉しかったけど、それ以上に幸せな気持ちが込み上げてきて。
岡留くんはそっと手を伸ばしてくると、頬に伸びる髪に触れた。
「綺麗だよ、とても」
優しくて、とても暖かな目。
嬉しい……。似合ってるって、綺麗だって言われた事が、とても嬉しい。
それはきっと、言ってくれたのが岡留くんだったから。
瞬間、ストンと心の中に、何かがハマったような気がした。
(……そっか。私、岡留くんの事が好きなんだ)
本当は、もうずっと前からそうだったのかも。
今までは気づかなかったのか、それとも無意識のうちに、気づいていないフリをしていたのか。
岡留くんには、白塚先輩がいるって分かっている。だけど一度自覚してしまったこの気持ちに、嘘をつくことはできない。
岡留くんは髪から手を放しすと、促すように言う。
「もう行こうか。そっちも教室で、木嶋や犬童達が待っているんじゃないのか?」
「は、はい」
未だざわめく胸を押さえて、歩き出した彼の背中を追う。
一歩下がって後ろを歩いていても、さっき言われた「綺麗だよ」って言葉が頭の中で何度も繰り返されて。嬉しさと気恥ずかしさで、溶けちゃいそうになる。
すると、岡留くんは振り返らないまま、ポツリと呟いた。
「……俺も今みたいなこと、綾瀬にしか言わないから」
「——っ!」
こっちを向いてくれないから、彼がどんな顔をしているのかは分からなかったけど、絶対に私の方がドキドキしてる。
……やっぱり、好きだな。
これが叶わない恋だということは、分かっているけど。
さっきまで郷土研のことをバカにされていたのに、彼は怒るわけでもなく。私から杉本さんへと視線を移す。
「横から悪い。けど今の話、俺も無関係じゃないみたいだったから。アンタ、綾瀬の知り合い?」
「杉本よ、杉本照美! 同じクラスでしょうが⁉」
叫ぶ杉本さんだったけど、岡留くんは「そうだっけ?」と、表情一つ変えない。たぶん嫌味を言っているんじゃなくて、本当に覚えてなかったんだろうなあ。
「そんなことより、さっきの話。郷土研の事は言われ慣れてるからいいけどさ。綾瀬まで悪く言うのは止めろよな」
声を張り上げたわえではなかったけど。相手をじっと見つめて淡々と話す岡留くんには、不思議な迫力がある。
さっきまで言いたい放題だった杉本さんも、圧倒されたように口を挟めない。
「あとさ、人の事を悪目立ちしてるなんて言ってたけど。その言葉、そっくりそのまま自分達に返ってきてるって事を、自覚した方が良いと思うけど」
「はあ? アタシたちがどうしたって……」
言い返そうとした杉本さんだったけど、ハッと口をつぐんだ。
私も話すのに夢中になってて気づかなかったけど、周りにはいつの間にか人が集まっていて、煙たがるような目でこっちを見ている。
杉本さん達、大方ちょっと難癖つけるだけのつもりだったんだろうけど、思いの外長引いてしまったのだろう。
さすがにこれ以上は続ける気にはなれなかったのか、杉本さんは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「もういいだろ。行こう、綾瀬」
岡留くんはそう言うと、ぎゅっと手を取って引っ張ってくる……って、私今、手を握られてる!?
「あ、あの。岡留くん、ちょっと……」
「いいから行こう。……言いたい事はあるだろうけど、ここは大人しくしててくれ」
「う、うん」
ダメだとはとても言えずに。急かされるまま挨拶も無しに杉本さん達に背を向けて、慌ててその場を後にする。
幸い、向こうも何も言ってこなかったけど、握られた手から熱が伝わってきて、胸がざわざわする。
さっきまでこみ上げていたはずの怒りなんて、いつの間にかすっかり引っ込んでしまっていた。
「あの、別に逃げたりしないので、手を放してもらって大丈夫です」
廊下の角を曲がって少し行ったところでようやくそう言うと、岡留くんは手を放して立ち止まる。そして何を思ったのか、そっと頭を下げてきた。
「悪い、あのままだとケンカしそうだったから、つい出しゃばった」
「そんな、頭を上げてください」
慌てて手を前に出して、ブンブンと振る。
きっと岡留くんから見た私は、怒りが爆発する寸前。いつケンカになってもおかしくないって、思われたんだろうなあ。
けど実際彼が来てくれなかったら、危なかったかもしれない。
(ダメだなあ。あれくらい、かわせるようにならないと)
髪を白く戻すと決めた時から、こう言う事はあるって覚悟してたんだから。気を引きしめなきゃいけないよね。
「……一応言っておくけど、次からは一人でどうにかしよう、なんて思ってはないよな?」
「どうして分かったんですか!?」
まるでテレパシーでも使って心を読んだみたいに、ピンポイントに考えてることを当てられてビックリ。
だけど当たったのは偶然だったらしく、岡留くんも「えっ?」と声を漏らした。
「何となく思っただけだったのに、本当にそんな事考えてたのかよ。別に一人で抱え込むことなんてないだろ。綾瀬が髪を元に戻したのは、この前俺達が焚き付けたせいでもあるんだしさ。少しは頼れよ」
「そんな、岡留くん達はただ、話を聞いてくれただけですよ。これ以上甘えるわけにはいきません」
「いいだろ、それくらい甘えても。少しは頼ってくれよ」
いつか妖怪大図鑑を作った時に私が言ったのと同じような事を言われてしまって、何も言い返せない。
ため息をついたり、大きく表情を崩したりしたわけじゃなかったけど、微かに目尻が下がって。一瞬だけ垣間見たその悲しげな様子に胸がざわついた。
「俺じゃあ、頼りないかもしれないけどな」
「そ、そんな事ありません。すっごく頼りになりますから!」
つい声のボリュームが大きくなる。
今だって困っている所を助けてくれたし。思えば最初に会った時から、彼には助けられてばかりだ。
「さっきだって杉本さん達から守ってくれましたし、暑さで倒れそうになっていたところを助けてもらいました。むしろ頼りっぱなしですよ!」
「それはそれで、お節介じゃなければいいけど」
「とんでもありません。とっても助かっています。私はそんな優しいところ、大好きですよ!」
「——っ!」
気持ちをわかってもらおうと熱弁を振るったけど。岡留くんは何故か急に目を反らして、心なしか顔に赤みを帯びている。
「……綾瀬ってさあ、時々ストレートに言葉使うよな。相手が俺だからいいけど、無防備にそう言う事言うと勘違いするやつもいるから、気を付けた方が良い」
「へ?」
一瞬、何の話をしているのか分からなかった。
私、何か変な事言ったっけ? 岡留くんが頼りになるって事と、優しいって事。あと、大好きだって事で――っ!!
そこまで考えて、ようやく彼の言わんとしている事が分かった。
あわわっ、な、なんて大胆な事を言っちゃったんだろう!?
「ご、ごめんなさい!」
「別に謝らなくてもいいけど。男相手にあまりそういう事を言うのは、な」
「だ、大丈夫です。ほいほい言うわけじゃありませんから。こんな風に思ってるのは、岡留くんだけ……」
口にしかけて、不意に胸がドキリと鳴った。
そうだ、ここまで大好きだって言える男の子って、岡留くんだけなんだ。
一度鳴り出した胸の鼓動はだんだんと大きくなっていき、ざわざわとした何かが、自分の中でうごめいている。
そんな私の心情なんて知らない岡留くんは表情を正すと、視線をそっと、白くした私の髪へと移してくる。
「それと、言うの遅れたけど……その髪、似合ってるから」
「え?」
予期していなかったタイミングでの一言に、思わず固まってしまう。
「杉本は変だって言ってたけど、そんな事ないから。黒髪ももちろん良かったけど、今の方が良いって言うか、綾瀬らしいって思う」
彼が一言発するたびに、顔や手に熱が帯びてくる。
里紅ちゃんや楓花ちゃんに誉められた時も嬉しかったけど、それ以上に幸せな気持ちが込み上げてきて。
岡留くんはそっと手を伸ばしてくると、頬に伸びる髪に触れた。
「綺麗だよ、とても」
優しくて、とても暖かな目。
嬉しい……。似合ってるって、綺麗だって言われた事が、とても嬉しい。
それはきっと、言ってくれたのが岡留くんだったから。
瞬間、ストンと心の中に、何かがハマったような気がした。
(……そっか。私、岡留くんの事が好きなんだ)
本当は、もうずっと前からそうだったのかも。
今までは気づかなかったのか、それとも無意識のうちに、気づいていないフリをしていたのか。
岡留くんには、白塚先輩がいるって分かっている。だけど一度自覚してしまったこの気持ちに、嘘をつくことはできない。
岡留くんは髪から手を放しすと、促すように言う。
「もう行こうか。そっちも教室で、木嶋や犬童達が待っているんじゃないのか?」
「は、はい」
未だざわめく胸を押さえて、歩き出した彼の背中を追う。
一歩下がって後ろを歩いていても、さっき言われた「綺麗だよ」って言葉が頭の中で何度も繰り返されて。嬉しさと気恥ずかしさで、溶けちゃいそうになる。
すると、岡留くんは振り返らないまま、ポツリと呟いた。
「……俺も今みたいなこと、綾瀬にしか言わないから」
「——っ!」
こっちを向いてくれないから、彼がどんな顔をしているのかは分からなかったけど、絶対に私の方がドキドキしてる。
……やっぱり、好きだな。
これが叶わない恋だということは、分かっているけど。