アオハル・スノーガール

幕間~杉本照美~ 杉本照美side

 オシャレなカフェもなければ、広いショッピングモールも無い田舎町。
 だけどさすがにファミレスくらいはあって、平日休日関わらず集まっては、ドリンクバーだけで長時間過ごす若者は少なくない。

 今日もまたいつものように、夕方になってやってきた制服姿の女子の一団が、ドリンクを片手に長々と喋っている。
 だけどそんな中、さっきから面白くなさそうな顔をしている女子が一人。杉本照美である。

 彼女は入店時から、いや、もっと言えば学校を出る前から、ずっと機嫌が悪かった。
 その原因は今日の昼休み、千冬と衝突した事にある。

「ああ、もう。今思い出してもやっぱりムカつくー。何なのあの子、転校生のくせに調子に乗りすぎじゃない」

 不機嫌を隠そうともしない。
 彼女の頭の中を支配している思いはただ一つ、「ムカつく」だけだ。

「照美ー、いいかげん機嫌直しなよ。あんなの、放っときゃ良いじゃん」
「何よ、あんな生意気な態度とられて、嫌じゃないわけ? 本当はみんなだって、目障りだって思ってるんでしょ」
「まあねえ」

 一人がそう言うと、同調するように次々と頷いていく。
 本当を言うと、みんながみんな同じ気持ちというわけじゃなかったけれど、わざわざ千冬を庇う者もいなかった。
 余計な事を言って杉本の神経を逆なでしたら、そっちの方が面倒だって分かっているから。

 杉本照美。彼女は女王様気質と言うか、簡単に言ってしまえば大変わがままな女の子だ。
 自分の気に入らない物、興味の無い物を一切認めようとせず、それらを蔑む事で優越感を味わい。自分こそが注目されるべきだと思っている、面倒な子。
 しかもそれでいて、喋り上手で流行に敏感。まかりなりにも人を引き付ける力が、彼女にはあった。

 常に周りに取り巻きをはべらせては、スクールカーストの頂点に君臨していたのだが。
 そんな彼女は自分の思い通りにならない存在、千冬の事を心底疎ましく思っていた。

 二学期が始まってすぐ、東京から来た転校生がいると知った杉本は、興味本位で彼女を取り巻きに加えようとしたわけだが。
 千冬を見て最初に抱いた印象は、地味な子だった。

 東京から来たと聞いて、制服を可愛く気崩してメイクをバッチリ決めた派手な子をイメージしていたけど、実際は黒髪の、日本人形のような顔立ちの女の子で、何だか拍子抜け。
 だけどそれならそれで、簡単に言うことを聞かせられそうだと思って声をかけたのだが。結果あっさりと、断られてしまった。

 せっかく誘ってやったのに、なんて失礼な奴だと、勝手な怒りを覚えた杉本。それだけなら、まだよかったのだが。

 今日学校に来て、目を疑った。
 千冬が長かった黒髪を脱色して、白くしているではないか。
 実際は脱色したわけではないのだが、そんな事は関係無い。気に入らない相手が目立って注目を浴びているというだけで、杉本を苛立たせるには十分だった。

 そういった経緯の元、千冬に絡んで難癖をつけたのだが、それも消化不良に終わって、今は苛立ちが募るばかり。
 憂さ晴らしにファミレスに来てはみたものの、気分はちっとも晴れなかった。

「あーあ、なんか面白いこと無いかなー」
「そうねえ。そういえば今度の文化祭、照美のクラスは喫茶店をやるんだっけ。準備は進んでる?」
「進んでるんじゃないの? アタシは接客担当だから、当日までやること無いけどね」
「あれ、宣伝用のプラカードや、飾りは作らなくて良いんだっけ?」
「ああいうのはパス。アタシ不器用だからさー、手伝ったって迷惑かけちゃうでしょ。そのかわり目一杯呼び込みするんだから、それでいいじゃない」

 文化祭当日は、自身のインスタでも宣伝するつもりだ。もっとも喫茶店の宣伝は二の次で、可愛いエプロン姿の写真でも載せたら『いいね』をもらえるかな、などと思っているのだが。

 スマホを操作してインスタをチェックすると、今日もそこそこの数の『いいね』をもらっていて。それから何の気なしに、今度は学校のホームページにアクセスしてみた。

 インターネットを活用して出し物を宣伝しているクラスや部活は少なくなく、それらをぼんやりと眺めながら画面をスライドさせていたけど。
 ふと一枚の写真が目に留まり、指を止めた。

「何よこれ?」

 それは郷土研と写真部の合同の出し物、コスプレ撮影会についてのお知らせで。鬼姫のコスプレをした先輩、白塚の写真が画面に映し出されていた。
 一瞬、コスプレなんて面白そうかもと思った杉本だったが、主催しているのが憎き千冬のいる郷土研だと知って、すぐに顔をしかめる。

「アイツ、またこんな変な事やってるよ。調子に乗って、生意気なのよ」
「まあまあ照美。アイツらの事なんてほっときゃいいじゃない。コスプレなんて、オタクっぽいからお似合いなんじゃないの?」
「……まあ、それもそうね」

 イラついたって仕方がない、もう放っておこう。そう思った矢先。
 同じようにスマホを操作していた一人の女子が、ふと「んん?」と声を漏らした。

「なに、何かあったの?」
「ああ、ちょっとね。照美、綾瀬の事ムカつくって言ってたから、調べたら何か面白いネタでも見つけられないかなって思ったんだけど。これって、たぶんアイツの事だよね?」

 杉本はもちろん、その場にいた全員が、一斉に彼女のスマホを覗き込む。
 画面に映し出されていたのは、ある学校の裏サイトで、『A瀬』と言う女子生徒について書き込みがされていた。

「ぷっ、なにこれ。こんなの知り合いが見たら、誰の事か丸わかりじゃん」
「いちおう実名さえ出していなければ、何かあった時に言い訳できるからね。悪口を書き込む時のコツよ」
「何でそんな事知ってるのよ。悪いやつだねー」
「でもこれって、さすがにデマなんじゃないの? こんなの信じられる?」

 一人が疑わしそうに首をかしげる。
 無理もない。そこに書かれていたのは信じるにはあまりにも下らない、笑ってしまうほど荒唐無稽な話だったのだから。
 だけど、杉本は笑わなかった。

「ねえ、これって本当に、あの綾瀬の事かな?」
「たぶんね。ここ、東京の学校なんだけど、問題の生徒は一学期が終わったら転校していったみたいだし、白い髪をした女子生徒だったって書いてあるから」
「そう。それじゃあこの事、みんなに教えてあげなくちゃ。こんな人が学校にいるなんて、嫌でしょう。ちゃんと拡散しておかないとね」

 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべながら、さもそれが正しい事のように言う杉本。
 そんな彼女に反対する者なんていなくて。むしろみんな面白がるように、次々と同意していく。

「そうね。こういう事は、ちゃんと伝えないとね」
「文章はこんなんで良いかな。それじゃあ投稿っと」

 笑いながらスマホをタップしていく杉本達。彼女達が見つけた書き込みは良いものではなく、拡散する事でどんな結果を生むか、理解していないわけじゃなかった。
 しかし、だからこそ杉本達は動いた。噂の真偽なんてどうでもよく、ただ面白そうだと言う理由で。

 自分達の行動が、誰をどれだけ傷付けるかなんてろくに考えもせずに、悪意を拡散させていった……。
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