アオハル・スノーガール

雪色の恋の花

 申し訳程度の授業が終わって、始まった文化祭の準備。
 うちのクラスも、劇の最後の追い込みということで、役者のみんなは通し稽古を。そして私も、小道具作りに励む。

 そしてそんな準備も、一段落した昼休み。里紅ちゃんや楓花ちゃんと一緒にお昼をとることにしたんだけど、今日はいつもとメニューが違う。 

 実は今日の午前中、飲食店を出す多くのクラスや部活は、それぞれ料理の試作品を作っていて。希望する生徒は、それらを格安で買うことができるのだ。

 と言うわけで、私達も一足早いお祭り気分を味わおうと、3人ともそれぞれ食料を調達して、中庭のベンチに腰かけていた。

 ちなみに私が食べているのは、アイスクレープとかき氷。雪女の私は、冷たい食べ物が大好物なのだ。

「どこも準備頑張ってるねえ。何だかいつもの校舎が、別の場所みたい」

 楓花ちゃんが言っていることはよくわかる。
 教室には、クリスマスのイルミネーションにも負けない、派手な飾りつけがしてあって。劇に使う道具や着ぐるみは、置き場がなくて廊下にまで溢れている。
 もう本番まで授業が無いのも納得。こんな状態じゃ、授業どころじゃないものね。

 すると里紅ちゃんが、思い出したように言ってくる。

「そう言えばさ、さっき焼きそば買いに行ってた時に小耳に挟んだんだけど、3組の喫茶店に、格好良いウェイターがいるんだって。ねえ、誰だと思う?」

 グイっと顔を近づけてくる里紅ちゃん。そうは言っても、3組の人とはあまり交流が無いし。特に男子は、ろくに顔も覚えてはいない……いや、一人だけいたや。
 3組と言うことは、もしかして……。

「ひょっとして、岡留くんのこと?」
「セイカーイ!」
「やっぱり。あれ、けど確か前に、岡留くんは調理に回るから接客はしないって言ってたはずだけど」

 勘違い……じゃないよね。すると里紅ちゃんは、クククと喉を鳴らした。

「それがね。試しにウェイター服を着せてみたら、思いの外格好よかったみたいなの。無愛想だから普段はつい忘れがちになっちゃうけど、アイツ顔はいいからね。実はイケメンだったんだって、再認識したみたい」

 普段は忘れがちって、酷い言われようだ。……岡留くんは、普段からイケメンなのに。

「それで、これを活かさない手はない。接客して、客寄せパンダになってもらおうって事になったらしいよ」
「そんな簡単に変えちゃって良いの? まあ、気持ちはわかるけど。岡留くん、格好いいもんね……」

 前にお店で見たウェイター服を着た岡留くんを思い出しただけで、胸がときめき出す。ふふ、あれは良かったなあ。
 それじゃあ今回は? クラスの人達が、急遽キッチンスタッフから接客へと配置換えをするほどの、岡留くんのウェイター服姿文化祭バージョン。……み、見みたい!
 きっと素敵なんだろうなあ……。

「千冬、千冬ー!」
「はっ! な、何。里紅ちゃん?」

 いけない。つい想像するのに夢中になってた。
 すると里紅ちゃんは、急にニマニマと笑ってくる。

「どうする、気になるなら行ってみる?」
「べ、別に気になってるわけじゃ。やっぱり止めておこう。邪魔しちゃ悪いもの」
「ええー、でもちょっとくらいなら……」
「ダメ、絶対にダメ!」

 顔の前で手をバツにしながら、キッパリと断ったけど。里紅ちゃんと楓花ちゃんは、何かを思ったように、チラッと目を合わせた。

「まあよく考えたら、行かなくて正解かもね。岡留くんじゃあ、ちゃんと接客できるかどうかもわからないし」
「えっ?」

 いやいや、何言ってるの。岡留くん、毎日家の手伝いをしてるんだから、できるに決まってるよ。
 なのに楓花ちゃんまで。

「うーん、確かにちょっと荷が重いかも。こう言っちゃなんだけど、愛想もよくないし」

 そんな!
 二人の言いぐさに耳を疑った。どうして? 普段はこんな事言ったりしないのに。

「……そんな言い方、ないんじゃないかなあ」
「ん?」
「岡留くんは、そんなんじゃないよ。二人は知らないかもだけど、岡留くんの家は喫茶店やってて、よくお手伝いしてるからむしろ接客には慣れてるもん。確かに笑うのは苦手みたいな所はあるけど、よく気がつくし、たまに見せてくれる笑顔は素敵だし、優しいし格好良いし、それから……」

 話していて、つい声に力が入っていく。だって、岡留くんの事を、誤解しないでほしいんだもの。彼の良い所をもっと知ってもらいたくて、思いついた素敵な所を、片っ端から言っていく。
 するとそんな熱弁を聞いた楓花ちゃんは、何か言いたげに口をまごまごして、里紅ちゃんはうつむいたまま、肩をプルプルと震わせた。

「ふふ……ぷっ、あははははは! ダメだ、笑っちゃう。ごめん千冬、アンタがそこまで好きとは思わなかった!」
「へ?」

 え、どう言うこと?
 堰を切ったように笑い出す里紅ちゃんを見てキョトンとしていると、笑いをこらえている感じの楓花ちゃんが口を開く。

「ごめんね。私達別に、岡留くんのこと悪く思ってはいないから。ただ、何だか千冬ちゃんが、無理してるように思えて」
「だって気になってるのバレバレなのに、なぜか頑なにいこうとしないんだもの。だから、ちょっと一芝居打ってみたんだけど。千冬ってば岡留くんのこと、そんな風に思ってたんだね。ベタ惚れじゃん」
「……へ?」

 ええと、つまり二人は、私の本音を聞き出すために、わざとあんな事を言ったってこと?
 で、今のを聞いたって言う事を、もう私の気持ちに気づいて……。

「——っ!」

 さっきの自分の発言を思い出して、ボッと顔が熱くなる。
 わ、私ってばなんて大胆な事言っちゃったんだろう。あんなにも誉めちぎったら、そりゃあ好きだってバレちゃうよね。
 今朝のおばあちゃんといい、みんな鋭い上に、揺さぶりをかけてくるのが上手すぎる。
 恥ずかしくて、溶けちゃいそうだよ。

 だけど俯いて顔を隠していると、楓花ちゃんがポンポンと背中を叩いてきた。

「騙すようなことしちゃってごめんね。けど、照れることないのに」
「そーそー。千冬が恋なんてちょっと寂しい気もするけど、アタシは応援するよ。喫茶店だって、遠慮せずに行けば良いのに」

 二人はそう言うけど、ううん、それはできないよ。だって岡留くんには。

「えーと、ごめん。確か岡留くんの事は、気にならないって言ったら嘘になっちゃうけど、別に付き合いたいとか、そういうんじゃないから」
「え、どうして? 案外お似合いだと思うけど?」
「だって岡留くん……白塚先輩と付き合ってるんだもん」
「はあっ、マジでー!?」

 言って良いのか少し迷ったけど、ちゃんと説明しないと納得してくれないよね。
 前に偶然、岡留くんと白塚先輩が部室でイチャついていたことを話すと、二人は難しそうな顔をしながら、ため息をついた。

「マジかー。確かにあの二人、仲が良いもんね。付き合ってたんだー」
「うん……。あ、でも何だか秘密にしているみたいだから、できればこの事は」
「わかってる、誰にも言わないよ。けどごめん、そうとは知らないで、舞い上がっちゃってた」

 楓花ちゃんが頭を下げてきたけど、仕方ないよ。もしも立場が逆だったら、私だって応援してたかもしれないし。
 すると里紅ちゃん、顎に手を当てて何かを考え出したけど、すぐにパンと手を打って立ち上がった。

「よし、やっぱり行こう、喫茶店!」
「え、なんで?」
「千冬が遠慮する気持ちもわかるけどさ、結局気になってるって、バレバレなんだもん。だったら変に避けないで、ちゃんと向き合った方がいいよ。中途半端に無理してたら、余計に苦しいじゃん」

 そんなもんなのかな? 恋なんてしたことないから全然分かんないけど、的外れじゃないような気はする。
 ああ、でも本当に行って良いのかな? うーん。

「ほら、グズグズしてたら、昼休み終わっちゃうよ。行こう行こう」
「ええっ。ちょっ、ちょっと?」
「もう、里紅ってば強引なんだからー」

 手を引っ張られてベンチから立たされると、そのまま背中を押され、強制的に岡留くんのいる3組の教室へと連行されて行く。

「ほ、本当に行っても良いのかなあ?」
「良いから良いから」
「忙しいのに、迷惑なんじゃ?」
「良いから良いから!」

 せめてもの抵抗も、度重なる「良いから」にかき消されて。二人とも、どうやらもう逃がす気はないみたい。
 けどなんだかんだ言いつつ逆らえなかったのは、やっぱり会いたいって気持ちが、強かったからなのかもしれない。
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