アオハル・スノーガール
鳴り響く警鐘
私達がそうしたように、今日は料理の試作品で昼食を取ろうという人は少なくなく。飲食関係の出し物をするクラスは、昼食を買い求める生徒で賑わっていた。
だけど、その中でも１年３組の教室は、一際多くの人が集まっている。主に女子の。
注文はしなくても、教室の入り口でキャーキャー言いながら、中の様子をうかがっている女の子も少なくない。そんな彼女達のお目当てはというと。
「どうぞ、ホットコーヒーになります」
席につく女子生徒に、コーヒーを出している岡留くん。
彼は今、見慣れた学校の制服姿でなく、全身白を基調とした服に黒いエプロンをつけていて、普段教室で見るのとは違った雰囲気を醸し出していた。
お家の手伝いをしていた時とは、違うデザインのウェイター服。目の当たりにした私も、思わずドキッとしちゃった。
そしてさらに……。
「どうぞごゆっくりお過ごしください」
コーヒーを出した後、岡留くんは微かに笑った。
それは口角を数ミリ上げたくらいの、注意していないと見落としてしまうような、微かな笑み。だけど確かに起きたその変化は、見ている人を魅了するには十分で、ギャラリーから歓声が上がった。
(ふふふ、よくやくみんな分かってくれたかな。これが岡留くんの、接客術だよ)
私は前から知っていたもんね。
ドアの前で様子を窺いながら、ちょっとだけ優越感に浸った。
「うーん、服を変えただけなのに、化けるもんだねえ。それにしたって、まさかこんな大盛況になるなんて。前は顔はいいけど取っ付きにくいって、みんな言ってたのに」
「普段あんまり笑わないから、余計に心をくすぐられるのかも」
たぶん、楓花ちゃんの言う通りだと思う。あの控えめだけど綺麗な笑みが、乙女心を刺激するんだよ。
それに服を変えただけって言っても、女子がお洒落な服を着るだけで可愛さが増すのと同じように、男子だって恰好を変えるだけで、より格好よく見えるんだ。
いつもと違う衣装を着ることで、みんな岡留くんの魅力に改めて気づかされている。
「どうする。アタシ達もコーヒー飲んで行く？」
「でも、忙しそうだよね。というか岡留くん、なんで昼休みまで働いてるんだろう？」
「さっき話してるのが聞こえたけど、思った以上に人気が出て、引っ込むタイミングを逃したとか何とか。それに今のうちにアピールできたらいい宣伝になるから、頑張ってもらってるみたい」
それで昼休み返上で、ひたすら接客をさせられてるんだ。岡留くん御愁傷様。
嫌な顔ひとつせずに、教室内をせわしなく行ったり来たりしてるけど、疲れてないかなあ？
彼は意外と、頼まれたら嫌って言えない所がありそうだから、断れないのかも……。
「ねえ、あの白い髪。綾瀬千冬って、あの子じゃないの？」
えっ？
不意にどこからか、私の名前が聞こえた気がした。
だけどキョロキョロと周りを見ても、集まっていたギャラリーは多くて、誰が言ったのかはわからない。
(気のせいだったのかな？)
しっかり聞こえたわけじゃなかったし、聞き間違えだったのかもしれない。そう思いかけたけど。
「あの噂、本当なのかな？」
「さあ？ 何にせよ、関わらない方が良いんじゃないの」
今度はもっと、ハッキリと聞こえた。どこか乾いたような、妙に沈んだみたいなトーンの声が。
同時に、突き刺さるような視線を感じる。それはとても冷たく、居心地が悪くなるような、嫌な感覚だった。
何これ？
気のせいかもしれないけど、何だか大勢の人から見られているような気がして、居心地が悪い。
思わず身を震わせながら、両手で自分の体を抱き締めた。
(私、何かしたかなあ？ ひょっとして、この髪のせいかも？)
先生の許可は取ってあるとはいえ、事情を知らない生徒は山ほどいるんだから。脱色してるって誤解されてるのかもしれない……。
「よく平気な顔して登校できるわよねえ。前の学校で、あれだけの事をしておいてさ」
――っ！ 今の、誰が言ったの!?
悪意のこもったような声が、胸に突き刺さった。
その声は、集まっている生徒の中から聞こえてきたものじゃない。教室の中から。慌ててそっちに目を向けると、そこには杉本さんがいて。ねっとりとした嫌な笑みを浮かべながら、取り巻きの女子達と一緒に、こっちを見ていた。
（そういえば杉本さんも、岡留くんと同じ３組だったっけ）
彼女には嫌われてるって分かっているのに。同じクラスだという事をすっかり忘れて、ノコノコ来てしまっていた。
だけど今日の杉本さんはつっかかってはこずに、かわりにスマホをいじりだして、みんなで何かを見ている。
「ほら、見てよこれ。ヤバイ話がたくさん」
「あはは、マジだー。これって、本当に綾瀬さんのことー？」
「間違いないんじゃないの。あんな真っ白な頭してる子なんて、滅多にいないんだしさあ」
私が来ていることなんて、とっくに気づいているだろうに。だけど声をかけこずに、チラチラとこっちの様子をうかがいながら。普段話す時よりも明らかに大きいボリュームで私の名前を出しつつ、おかしそうに笑っている。
何を話しているのかはわからないけど、良いものではないというのは、雰囲気で何となくわかる。
それにさっき聞こえてきた、「前の学校」という言葉が、胸をざわつかせた。
これは声をかけて、話を聞いてみるべき？
だけどそんなモタモタしている私よりも、黙ってはいられない人がいた。
「さっきから何？ 言いたい事があるならハッキリ言えっての！」
り、里紅ちゃん!?
杉本さん達の会話は里紅ちゃんにもバッチリ聞こえていたみたいで。眉をつり上げ、ポニーテールを揺らしながら、ヅカヅカと詰め寄っていく。
ちょっ、ちょっと待ってよ！
私も、楓花ちゃんも慌てたけど、里紅ちゃんは止まらない。
「千冬から聞いたよ。アンタ達、この前も難癖つけてきたんだって？ いい加減にしろっての！」
遠慮無しに声が張り上げる里紅ちゃん。怒りのこもったその声に、騒がしかった教室は急に静まって、私達に視線が集まってくる。
だけど誰も近づこうとはせずに。さっきまでの賑やかな雰囲気は一転、辺りには凍ったような空気が流れる。
だけど杉本さん達は相変わらずニタニタ笑っていて。全く態度に変化は見られなかった。
「そんな大声出さなくたって聞こえてるわよ。もうちょっと静かにしないと、周りに迷惑でしょ」
「だったらそっちも喋るな。もう二度と喋るな！」
「もう、言うことが乱暴なんだから。まあ、綾瀬さんの友達なら、仕方がないか」
「はあ？」
不遜な態度を崩そうとしない杉本さんを前に、ますます怒る里紅ちゃん。だけど抑えて！
さすがに取っ組み合いのケンカにはならないとは思うけど、万が一を考えて私と楓花ちゃんで両腕をガッシリ掴んでおく。
だけど同時に、言い様の無い不安に教われる。私の友達だから仕方がないって、どういう事？
するも杉本さんはそんな私を見て、不気味に笑った。
「分かってないみたいだから教えてあげようか。ちょっとネットで、綾瀬さんの面白い噂を見つけてねえ……」
「止めろ！」
杉本さんの言葉を遮るように、鋭い声が飛んだ。
見るといつの間に来たのか、私達のすぐ後ろには岡留くんの姿があって。怒ったような、だけど同時に不安そうな顔をしながら、杉本さんを睨んでいた。そして……。
「ちょっとコイツら借りるぞ。来てくれるな」
「え。ちょっ、ちょっと!?」
混乱する私をよそに、彼は以前やったみたいに、いきなり手を掴んできた。
いきなりの行動にドキッとしたけど、岡留くんは真剣な表情で。周りに聞こえないよう、小声で言ってくる。
「悪い、急ぎなんだ。……あまりここに長居しない方がいい」
手を引っ張られながら、教室の入り口へと歩かされ。彼のいきなりの行動に一瞬キョトンとしていた里紅ちゃんと楓花ちゃんも、慌てたように追いかけてくる。
そして更にその後ろでは、杉本さんが怒ったように叫んでいた。
「待ちなさいよ、まだこっちの話は……」
「後にしてくれ。綾瀬も、それで良いな？」
杉本さんの叫びを完全に切り捨てて聞いてくるかれに、私は「はい」と答えることしかできない。
だけどもしかしたら心のどこかで、このままここに残っちゃいけないって気がしていたのかも？ さっきから頭の中で、警鐘が鳴り続けている。何か良くない事が起きているって、知らせるように……。
「ねえ、杉本さんが千冬ちゃんに何を言おうとしてたか、岡留くんは知っているの？」
心配そうに尋ねる楓花ちゃんだったけど、岡留くんは「後で話す」と返すばかり。
私も気になったけど、知りたいという気持ちをグッと抑えながら。今はただ、彼に従ってついて行くしかなかった。
だけど、その中でも１年３組の教室は、一際多くの人が集まっている。主に女子の。
注文はしなくても、教室の入り口でキャーキャー言いながら、中の様子をうかがっている女の子も少なくない。そんな彼女達のお目当てはというと。
「どうぞ、ホットコーヒーになります」
席につく女子生徒に、コーヒーを出している岡留くん。
彼は今、見慣れた学校の制服姿でなく、全身白を基調とした服に黒いエプロンをつけていて、普段教室で見るのとは違った雰囲気を醸し出していた。
お家の手伝いをしていた時とは、違うデザインのウェイター服。目の当たりにした私も、思わずドキッとしちゃった。
そしてさらに……。
「どうぞごゆっくりお過ごしください」
コーヒーを出した後、岡留くんは微かに笑った。
それは口角を数ミリ上げたくらいの、注意していないと見落としてしまうような、微かな笑み。だけど確かに起きたその変化は、見ている人を魅了するには十分で、ギャラリーから歓声が上がった。
(ふふふ、よくやくみんな分かってくれたかな。これが岡留くんの、接客術だよ)
私は前から知っていたもんね。
ドアの前で様子を窺いながら、ちょっとだけ優越感に浸った。
「うーん、服を変えただけなのに、化けるもんだねえ。それにしたって、まさかこんな大盛況になるなんて。前は顔はいいけど取っ付きにくいって、みんな言ってたのに」
「普段あんまり笑わないから、余計に心をくすぐられるのかも」
たぶん、楓花ちゃんの言う通りだと思う。あの控えめだけど綺麗な笑みが、乙女心を刺激するんだよ。
それに服を変えただけって言っても、女子がお洒落な服を着るだけで可愛さが増すのと同じように、男子だって恰好を変えるだけで、より格好よく見えるんだ。
いつもと違う衣装を着ることで、みんな岡留くんの魅力に改めて気づかされている。
「どうする。アタシ達もコーヒー飲んで行く？」
「でも、忙しそうだよね。というか岡留くん、なんで昼休みまで働いてるんだろう？」
「さっき話してるのが聞こえたけど、思った以上に人気が出て、引っ込むタイミングを逃したとか何とか。それに今のうちにアピールできたらいい宣伝になるから、頑張ってもらってるみたい」
それで昼休み返上で、ひたすら接客をさせられてるんだ。岡留くん御愁傷様。
嫌な顔ひとつせずに、教室内をせわしなく行ったり来たりしてるけど、疲れてないかなあ？
彼は意外と、頼まれたら嫌って言えない所がありそうだから、断れないのかも……。
「ねえ、あの白い髪。綾瀬千冬って、あの子じゃないの？」
えっ？
不意にどこからか、私の名前が聞こえた気がした。
だけどキョロキョロと周りを見ても、集まっていたギャラリーは多くて、誰が言ったのかはわからない。
(気のせいだったのかな？)
しっかり聞こえたわけじゃなかったし、聞き間違えだったのかもしれない。そう思いかけたけど。
「あの噂、本当なのかな？」
「さあ？ 何にせよ、関わらない方が良いんじゃないの」
今度はもっと、ハッキリと聞こえた。どこか乾いたような、妙に沈んだみたいなトーンの声が。
同時に、突き刺さるような視線を感じる。それはとても冷たく、居心地が悪くなるような、嫌な感覚だった。
何これ？
気のせいかもしれないけど、何だか大勢の人から見られているような気がして、居心地が悪い。
思わず身を震わせながら、両手で自分の体を抱き締めた。
(私、何かしたかなあ？ ひょっとして、この髪のせいかも？)
先生の許可は取ってあるとはいえ、事情を知らない生徒は山ほどいるんだから。脱色してるって誤解されてるのかもしれない……。
「よく平気な顔して登校できるわよねえ。前の学校で、あれだけの事をしておいてさ」
――っ！ 今の、誰が言ったの!?
悪意のこもったような声が、胸に突き刺さった。
その声は、集まっている生徒の中から聞こえてきたものじゃない。教室の中から。慌ててそっちに目を向けると、そこには杉本さんがいて。ねっとりとした嫌な笑みを浮かべながら、取り巻きの女子達と一緒に、こっちを見ていた。
（そういえば杉本さんも、岡留くんと同じ３組だったっけ）
彼女には嫌われてるって分かっているのに。同じクラスだという事をすっかり忘れて、ノコノコ来てしまっていた。
だけど今日の杉本さんはつっかかってはこずに、かわりにスマホをいじりだして、みんなで何かを見ている。
「ほら、見てよこれ。ヤバイ話がたくさん」
「あはは、マジだー。これって、本当に綾瀬さんのことー？」
「間違いないんじゃないの。あんな真っ白な頭してる子なんて、滅多にいないんだしさあ」
私が来ていることなんて、とっくに気づいているだろうに。だけど声をかけこずに、チラチラとこっちの様子をうかがいながら。普段話す時よりも明らかに大きいボリュームで私の名前を出しつつ、おかしそうに笑っている。
何を話しているのかはわからないけど、良いものではないというのは、雰囲気で何となくわかる。
それにさっき聞こえてきた、「前の学校」という言葉が、胸をざわつかせた。
これは声をかけて、話を聞いてみるべき？
だけどそんなモタモタしている私よりも、黙ってはいられない人がいた。
「さっきから何？ 言いたい事があるならハッキリ言えっての！」
り、里紅ちゃん!?
杉本さん達の会話は里紅ちゃんにもバッチリ聞こえていたみたいで。眉をつり上げ、ポニーテールを揺らしながら、ヅカヅカと詰め寄っていく。
ちょっ、ちょっと待ってよ！
私も、楓花ちゃんも慌てたけど、里紅ちゃんは止まらない。
「千冬から聞いたよ。アンタ達、この前も難癖つけてきたんだって？ いい加減にしろっての！」
遠慮無しに声が張り上げる里紅ちゃん。怒りのこもったその声に、騒がしかった教室は急に静まって、私達に視線が集まってくる。
だけど誰も近づこうとはせずに。さっきまでの賑やかな雰囲気は一転、辺りには凍ったような空気が流れる。
だけど杉本さん達は相変わらずニタニタ笑っていて。全く態度に変化は見られなかった。
「そんな大声出さなくたって聞こえてるわよ。もうちょっと静かにしないと、周りに迷惑でしょ」
「だったらそっちも喋るな。もう二度と喋るな！」
「もう、言うことが乱暴なんだから。まあ、綾瀬さんの友達なら、仕方がないか」
「はあ？」
不遜な態度を崩そうとしない杉本さんを前に、ますます怒る里紅ちゃん。だけど抑えて！
さすがに取っ組み合いのケンカにはならないとは思うけど、万が一を考えて私と楓花ちゃんで両腕をガッシリ掴んでおく。
だけど同時に、言い様の無い不安に教われる。私の友達だから仕方がないって、どういう事？
するも杉本さんはそんな私を見て、不気味に笑った。
「分かってないみたいだから教えてあげようか。ちょっとネットで、綾瀬さんの面白い噂を見つけてねえ……」
「止めろ！」
杉本さんの言葉を遮るように、鋭い声が飛んだ。
見るといつの間に来たのか、私達のすぐ後ろには岡留くんの姿があって。怒ったような、だけど同時に不安そうな顔をしながら、杉本さんを睨んでいた。そして……。
「ちょっとコイツら借りるぞ。来てくれるな」
「え。ちょっ、ちょっと!?」
混乱する私をよそに、彼は以前やったみたいに、いきなり手を掴んできた。
いきなりの行動にドキッとしたけど、岡留くんは真剣な表情で。周りに聞こえないよう、小声で言ってくる。
「悪い、急ぎなんだ。……あまりここに長居しない方がいい」
手を引っ張られながら、教室の入り口へと歩かされ。彼のいきなりの行動に一瞬キョトンとしていた里紅ちゃんと楓花ちゃんも、慌てたように追いかけてくる。
そして更にその後ろでは、杉本さんが怒ったように叫んでいた。
「待ちなさいよ、まだこっちの話は……」
「後にしてくれ。綾瀬も、それで良いな？」
杉本さんの叫びを完全に切り捨てて聞いてくるかれに、私は「はい」と答えることしかできない。
だけどもしかしたら心のどこかで、このままここに残っちゃいけないって気がしていたのかも？ さっきから頭の中で、警鐘が鳴り続けている。何か良くない事が起きているって、知らせるように……。
「ねえ、杉本さんが千冬ちゃんに何を言おうとしてたか、岡留くんは知っているの？」
心配そうに尋ねる楓花ちゃんだったけど、岡留くんは「後で話す」と返すばかり。
私も気になったけど、知りたいという気持ちをグッと抑えながら。今はただ、彼に従ってついて行くしかなかった。
