アオハル・スノーガール
杉本さん襲来
岡留くんの提案通り、写真部と合流した私達は、真っ先に噂の事を打ち明けてみた。
誹謗中傷の書かれた掲示板を見た先輩達は驚いていたけど、白塚先輩が。そして里紅ちゃんや楓花ちゃんがキチンと説明してくれたお陰で、これはデマなんだって分かってもらう事ができた。
「事情は理解したよ。わざわざこの事をつついてくる人なんていないと思うけど、もし何かあったらちゃんと誤解を解いておくよ。みんなもそれでいいね」
部長さんがそう言ってくれて、ホッと胸を撫で下ろす。
根本的な解決にはなっていなくても、こうして理解してくれる人が増えていくのは、心強かった。
そしてそれからは、白塚先輩が言っていた通り、悩んでる暇がないくらいの大忙し。
事前に準備は進めていたはずなのに、本番直前でないとできないことも多くて。作品の展示や、届いた衣装の搬入、それにそれぞれがクラスの出し物の準備もしなくちゃいけなくて、息つく暇なんてなかった。
そうしているうちに、気づけばもう午後。割り当てられた教室の壁に、郷土研で作った新聞やら、撮影した写真やらを貼って、展示の用意もだいたい終り。けどこの時になってふと、足りない物があることに気がついた。
「あれ、郷土研で作った冊子って、誰か見ませんでした?」
今は岡留くんも白塚先輩も自分達のクラスに行ってていなかったから、写真部の人達に聞いてみたけど、みんな一様に首をかしげる。
「冊子? うーん、分からないなあ」
「そうですか……」
探しているのは、岡留くんや白塚先輩が文章を。そして私が絵を描いた、郷土研オリジナルの妖怪大図鑑とも言える冊子。
てっきり持ってきたと思ってたけど、ひょっとしたら部室に忘れてきたのかもしれない。
「私、ちょっと部室見てきます。準備の方は、お願いしますね」
「ああ。それとさっき、コスプレ用の衣装が届いたから、後で中身を確認してみよう。ありがとう、綾瀬さんの発案してくれたおかげで、明日は楽しくなりそうだ」
「そんな、私はただ、思い付きで言っただけですよ」
部長さんとそんなやり取りをしてから、教室を出て行く。
私も少しは、役に立てたのかな? だとしたら、ちょっと嬉しい。
学校の中は相変わらず、普段とは別世界のような光景が広がっていたけれど、明日が終わればこれもなくなってしまうのか。
お祭りも楽しいけれど、もしかしたらこんな風に準備をしている前夜祭も、本番に負けないくらい、楽しいのかもしれないなあ。
そんなことを思いながら、たどり着いた郷土研の部室。
今日は出入りが激しくなるから鍵は開けっぱなしになっていて。ドアノブを回して中に入り、奥にある棚を見てみると、目当ての冊子はすぐに見つかった。やっぱり、持って行くのを忘れていたみたい。
早く戻って、準備を手伝わなきゃ。
だけど棚に手を伸ばして、冊子を取ったその時。
「へえー、部室の中って、こんな風になっているんだ」
「なんか、本ばっかりで映えないわねえ」
不意に部屋の入り口の方から、聞こえてきた声。振り返った私は、そのまま固まってしまった。
(――なんで⁉)
そこにあったのは、今最も見たくない顔。いつの間に来たのか、部屋の入り口には杉本さんが立っていて、さらにその後ろにはいつものように、取り巻きの女子達が並んでいた。
「……杉本さん、どうしてここに? 何か用ですか?」
「別に何だっていいでしょ。それとも、来ちゃいけない理由でもあるの? あ、例えば隠れて、タバコを吸ってたとか」
「あはは、それマジありえるー」
酷い、そんな事するわけないのに。
だけど杉本さん達は蔑むような冷たい視線を向けながら、ヅカヅカと部室の中に足を踏み入れてきて。そんな不遜な態度が、不安と苛立ちを加速させる。
「用がないなら、出ていってもらえませんか。ここは郷土研の部室です!」
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。ただの見学よ見学。それにしても何これ。神社やら妖怪やらの本ばっかり。こんなの調べてて、何が楽しいの?」
棚に並んだ本に目をやりながら、見下すように笑っている。
これらは岡留くんや白塚先輩の趣味で、私は決して積極的に調べているわけじゃなかったけど、それでもバカにされる事には腹が立った。
「そんなの、杉本さんには関係ないでしょう。そっちこそ、人をバカにしたり、デマを流したりして、恥ずかしくないの!?」
「怒らないでってば。それに、デマっていったい何のこと?」
「とぼけないで。噂を流したのは、杉本さん達なんでしょう。私が万引きをしたとか、前の学校で、先生に暴力を振るったとか……」
できればこの事に触れたくはなかったものの、向こうから絡んできたのなら仕方がない。
文化祭が終わるまでは大人しくしているかもって思っていたけど、甘かった。
「万引き? うそー、綾瀬さんそんなことしてたんだ。と言うことは、もしかしてそれも、どこからか盗んできた物なの?」
とぼけた態度を取ったかと思うと、杉本さんはズカズカと歩み寄ってきて、手にしていた冊子を掴み、奪い取った。
「——っ、返して!」
これ以上好き勝手させるもんか。
だけど取り戻そうと手を伸ばした瞬間、杉本さんはニヤリと嫌な笑いを浮かべ。急に何かに弾かれたみたいに、後ろへと倒れ込んだ。
「キャッ!」
小さな悲鳴をあげて、尻餅をつく杉本さん。一方私は、何が起きたのか分からなかった。
(え、私何もしてないのに?)
力を入れて押したわけじゃない。ただ手を伸ばしただけで、触ったかどうか分からないくらいの小さな接触だったのに、オーバーに倒れた彼女に困惑する。
すると離れた所から様子を窺っていた中の一人が、おかしそうに声をあげた。
「あー、綾瀬さんやっちゃったねえ。照美を突き飛ばした現場、バッチリ押さえたから」
状況が理解できないまま慌てて目を向けて、全身が凍った。
彼女の手にはスマホが握られ、こっちに向けられたカメラのレンズが光っていた。
誹謗中傷の書かれた掲示板を見た先輩達は驚いていたけど、白塚先輩が。そして里紅ちゃんや楓花ちゃんがキチンと説明してくれたお陰で、これはデマなんだって分かってもらう事ができた。
「事情は理解したよ。わざわざこの事をつついてくる人なんていないと思うけど、もし何かあったらちゃんと誤解を解いておくよ。みんなもそれでいいね」
部長さんがそう言ってくれて、ホッと胸を撫で下ろす。
根本的な解決にはなっていなくても、こうして理解してくれる人が増えていくのは、心強かった。
そしてそれからは、白塚先輩が言っていた通り、悩んでる暇がないくらいの大忙し。
事前に準備は進めていたはずなのに、本番直前でないとできないことも多くて。作品の展示や、届いた衣装の搬入、それにそれぞれがクラスの出し物の準備もしなくちゃいけなくて、息つく暇なんてなかった。
そうしているうちに、気づけばもう午後。割り当てられた教室の壁に、郷土研で作った新聞やら、撮影した写真やらを貼って、展示の用意もだいたい終り。けどこの時になってふと、足りない物があることに気がついた。
「あれ、郷土研で作った冊子って、誰か見ませんでした?」
今は岡留くんも白塚先輩も自分達のクラスに行ってていなかったから、写真部の人達に聞いてみたけど、みんな一様に首をかしげる。
「冊子? うーん、分からないなあ」
「そうですか……」
探しているのは、岡留くんや白塚先輩が文章を。そして私が絵を描いた、郷土研オリジナルの妖怪大図鑑とも言える冊子。
てっきり持ってきたと思ってたけど、ひょっとしたら部室に忘れてきたのかもしれない。
「私、ちょっと部室見てきます。準備の方は、お願いしますね」
「ああ。それとさっき、コスプレ用の衣装が届いたから、後で中身を確認してみよう。ありがとう、綾瀬さんの発案してくれたおかげで、明日は楽しくなりそうだ」
「そんな、私はただ、思い付きで言っただけですよ」
部長さんとそんなやり取りをしてから、教室を出て行く。
私も少しは、役に立てたのかな? だとしたら、ちょっと嬉しい。
学校の中は相変わらず、普段とは別世界のような光景が広がっていたけれど、明日が終わればこれもなくなってしまうのか。
お祭りも楽しいけれど、もしかしたらこんな風に準備をしている前夜祭も、本番に負けないくらい、楽しいのかもしれないなあ。
そんなことを思いながら、たどり着いた郷土研の部室。
今日は出入りが激しくなるから鍵は開けっぱなしになっていて。ドアノブを回して中に入り、奥にある棚を見てみると、目当ての冊子はすぐに見つかった。やっぱり、持って行くのを忘れていたみたい。
早く戻って、準備を手伝わなきゃ。
だけど棚に手を伸ばして、冊子を取ったその時。
「へえー、部室の中って、こんな風になっているんだ」
「なんか、本ばっかりで映えないわねえ」
不意に部屋の入り口の方から、聞こえてきた声。振り返った私は、そのまま固まってしまった。
(――なんで⁉)
そこにあったのは、今最も見たくない顔。いつの間に来たのか、部屋の入り口には杉本さんが立っていて、さらにその後ろにはいつものように、取り巻きの女子達が並んでいた。
「……杉本さん、どうしてここに? 何か用ですか?」
「別に何だっていいでしょ。それとも、来ちゃいけない理由でもあるの? あ、例えば隠れて、タバコを吸ってたとか」
「あはは、それマジありえるー」
酷い、そんな事するわけないのに。
だけど杉本さん達は蔑むような冷たい視線を向けながら、ヅカヅカと部室の中に足を踏み入れてきて。そんな不遜な態度が、不安と苛立ちを加速させる。
「用がないなら、出ていってもらえませんか。ここは郷土研の部室です!」
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。ただの見学よ見学。それにしても何これ。神社やら妖怪やらの本ばっかり。こんなの調べてて、何が楽しいの?」
棚に並んだ本に目をやりながら、見下すように笑っている。
これらは岡留くんや白塚先輩の趣味で、私は決して積極的に調べているわけじゃなかったけど、それでもバカにされる事には腹が立った。
「そんなの、杉本さんには関係ないでしょう。そっちこそ、人をバカにしたり、デマを流したりして、恥ずかしくないの!?」
「怒らないでってば。それに、デマっていったい何のこと?」
「とぼけないで。噂を流したのは、杉本さん達なんでしょう。私が万引きをしたとか、前の学校で、先生に暴力を振るったとか……」
できればこの事に触れたくはなかったものの、向こうから絡んできたのなら仕方がない。
文化祭が終わるまでは大人しくしているかもって思っていたけど、甘かった。
「万引き? うそー、綾瀬さんそんなことしてたんだ。と言うことは、もしかしてそれも、どこからか盗んできた物なの?」
とぼけた態度を取ったかと思うと、杉本さんはズカズカと歩み寄ってきて、手にしていた冊子を掴み、奪い取った。
「——っ、返して!」
これ以上好き勝手させるもんか。
だけど取り戻そうと手を伸ばした瞬間、杉本さんはニヤリと嫌な笑いを浮かべ。急に何かに弾かれたみたいに、後ろへと倒れ込んだ。
「キャッ!」
小さな悲鳴をあげて、尻餅をつく杉本さん。一方私は、何が起きたのか分からなかった。
(え、私何もしてないのに?)
力を入れて押したわけじゃない。ただ手を伸ばしただけで、触ったかどうか分からないくらいの小さな接触だったのに、オーバーに倒れた彼女に困惑する。
すると離れた所から様子を窺っていた中の一人が、おかしそうに声をあげた。
「あー、綾瀬さんやっちゃったねえ。照美を突き飛ばした現場、バッチリ押さえたから」
状況が理解できないまま慌てて目を向けて、全身が凍った。
彼女の手にはスマホが握られ、こっちに向けられたカメラのレンズが光っていた。