アオハル・スノーガール
杉本さんへの謝罪
白塚先輩に連れられて、本来の登校時間よりだいぶ遅れてやってきた田良木高校。
そこは文化祭当日なだけあって多くの人で賑わっており、制服姿の在校生はもちろん、一般客も多く見られた。
だけどここまで来たはいいけど、何だか家を出た時よりも足が重く感じる。白塚先輩は大丈夫って言っていたけど、だんだんと不安になってきた。
すると、そんな私の様子に気づいた先輩が優しく言う。
「千冬ちゃん、ひょっとして緊張してる? どうする、岡留くんに会う前に、少し見て回ろうか。ちょっとは落ち着くかもしれないよ」
「そうします。……写真部の皆さんにも、挨拶したいですし」
連絡も無しに休んでしまっていたけど、里紅ちゃんや楓花ちゃんは、怒ってないかなあ。
一緒に準備を進めてきたコスプレ撮影会がどうなったかも、気になっている。
だけど移動の最中。校舎の出入り口までやって来た時、聞き覚えのある声が聞こえてきて、足を止めた。
「一年三組の教室で、喫茶店やってまーす。よかったら来てくださーい!」
明るくて元気のいい声。だけどそれは、不安を抱えていた私の心を、さらに曇らせるもの。
声のした方を見ると、そこには昨日の騒動の当事者である、杉本さん達の姿があった。
ピンクのふりふりのエプロンをつけて、案内のプラカードを持って客引きをやっているのは、いずれも昨日の女子生徒達。
同じ学校なんだからいて当たり前なんだけど、岡留くんや写真部の事で頭がいっぱいで、今の今まで彼女達と会う可能性を全く考えていなかった。
(杉本さん達、楽しそうだなあ。昨日、あれだけの事をしてきたのに……)
のんきに文化祭を楽しむ彼女達を見ていると、つい嫌な気持ちが込み上げてきてしまう。
ダメ。ここで怒って、また吹雪でも起こしたら、今度は文化祭がメチャクチャになっちゃう。
ここは見なかったフリをしてやり過ごそう。そう思ったけど。
立ち去ろうとした時にふと、杉本さんの右手に包帯が巻かれていることに気がついた。
(あの怪我、昨日の……)
胸の奥が、ズキリと痛む。
杉本さん、一見楽しそうに客引きをやっているように見えるけど、実際は何を思っているのだろう?
(昨日の事なんて、もう全部忘れてしまってる? それとも……)
生憎、遠巻きに見ているだけでは、彼女の心中なんて分からない。平気そうに見えるけど、実は無理をしていると言われたら、そうなのかもと思ってしまいそう。
先に意地悪をしてきたのは杉本さん。だけど、それでも傷つけてしまったことに変わりはない。
どうする? このまま立ち去ることだってできる。だけど……だけど……。
私は深呼吸をして、奥歯を強く噛み締めた。
「千冬ちゃん、どうかしたのかい?」
「先輩。みんなの所に行く前に、やっておかなければいけない事があるんです。すぐに終わりますから、待っていてください」
杉本さん達はこっちに気付かずに呼び込みを続けているけど、私はそんな彼女達に歩み寄って、声をかけた。
「——杉本さん!」
「——あ、アンタは⁉」
杉本さんは私を見るなり、さっきまでの笑顔から一転。恐怖で凍り付いたような顔に変わって、動きが止まる。
やっぱり昨日の事を、気にしていないわけじゃなかったんだ。
冷気を出して凍傷を負わせたんだもの。きっとよほど私のことが怖いのだろう。
周りの子達も次々と、「ヤバい」、「逃げよう」と、まるで化け物でも見たような反応をしてくる。
いや、実際に彼女達からしたら、私は化け物なのかも。逆らったら何をされるか分からないならなんて、思っているのかもしれない。
昨日別れた後、彼女達が私の事をどう思ったのか。今日どんな気持ちで学校に来たのかなんて分からない。ただ一つ言えるのは、このまま逃がしてはいけないという事。
手を伸ばして、背を向けた杉本さんの襟首を掴むと、彼女は「ひっ」と声を上げて、足を止めた。
「待って、話を聞いて! 杉本さん、その手の怪我、私のせいだよね」
「だ、だから何⁉ アタシはもう、アンタに手を出さないから、それで良いでしょ!」
その声は震えていて。怖いと言う気持ちが、痛いほど伝わってくる。だけど、私だって覚悟を決めて声をかけたんだもの。このままサヨナラなんてさせない。
「良くないよ。怪我をさせた事を、謝らせて!」
「そんなこと言われても困……って、へ?」
掴んでいた手を放して、「ごめんなさい」と深々と頭を下げる。
杉本さんも彼女の周りの女子達も、呆気にとられたようにポカンとしていたけど、私は構わず続けた。
「先に手を出してきたのは杉本さん達だし、本当言うと、私の方が酷い事をされたとは思うけど……」
「―—ッ! アンタは謝りたいんじゃなかったの⁉」
「う、うん。それはもちろん。杉本さん達にはたくさん嫌がらせをされたけど、それでも傷つけていい理由にはならないから。……だから、ごめんなさい!」
もう一度、声を大にして謝る。こんなのはただの自己満足かもしれないけど、それでもちゃんとケジメをつけておかないといけないって思ったから。
気が付けば公衆の面前で謝っている私達は行き交う人達から注目を浴びていて。もしかしたら傍から見れば、杉本さん達が私をイジメているように見えたのかもしれない。
「分かった、分かったからもういいでしょ。……アタシ達は、もう行くから」
困ったような、バツの悪そうな様子の杉本さん。
どうやらすぐにでもこの場を離れたいらしいけど、そんな彼女の願いはすぐに阻まれた。
「まあ待て。今しばらく、今度は私と話をしてはくれないかな」
立ち去ろうとした杉本さん達だったけど、白塚先輩に声をかけられて、強制的に足を止めさせられる。
途端に、まだ何かあるのと言わんげに顔をしかめたけど、これには私も困惑した。
先輩、話っていったい?
「何か用ですか? アタシ達、忙しいんです」
「なあに、すぐ終わるさ。私は郷土研部長の白塚だけど、千冬ちゃんがお世話になったそうだから、ちょっと話がしたくてね」
穏やかに言う白塚先輩だったけど、杉本さん達は明らかに警戒しているし、私もハラハラ。
しかし先輩の言う話と言うのは、予想外のものだった。
「君は雪女と猟師の、昔話を知っているかい?」
「「は?」」
私と杉本さんの声が、見事に重なった。先輩、いったい何を?
白塚先輩が言っているのは、前に岡留くんとも話した、吹雪の山小屋で遭遇したあの雪女の話だよね?
有名な話だから杉本さんも知っているみたいで、戸惑いながらも一応頷いている。
「そうか、知っているか。なら話が早い?それじゃあ雪女が猟師とした約束の事も、知っているね。雪女の事は、誰にも話しちゃいけない。もし話したらどうなるか、……分かっているよね?」
「そ、それって」
杉本さんは引きつった……いや、恐怖に染まった顔をしながら、こっちを見てくる。
待って待って待って、絶対に何か勘違いしてるでしょ。そのお話の雪女は、自分の事を誰かに話したら凍らせるって言ったけど、私はそんな事しないから!
だけど杉本さんも周りの女子達もすっかり誤解したみたいで。青い顔をしながら、コクコクと頷いている。
「わ、わわわわ分かった。絶対に言わないから!」
「もう勘弁してよ。私達だって反省してるんだから」
それだけ言い残すと、後はもう脱兎の如く。これ以上は関わりたくないと言った様子で、今度こそ去って行く。
私は呆気にとられて、それを見送ることしかできなかったけど、よかったのかなあ。大きな誤解を与えた気がするんだけど。
「先輩、なんであんな事を。後で脅されたとか、言われないでしょうか?」
「何を言っているんだい、一言も脅してなんかいないじゃないか。私はただ、有名な昔話について語った。ただそれだけさ」
そ、そうですか。何だかズルい気もするけど、これで良かったのかも。
あの様子だと杉本さん達、私が雪女だって事は秘密にしてくれそうだし。誰かに話されたりSNSで拡散されたりしたら大変な事になりかねないから、正直助かった。
「……先輩、ありがとうございます」
「お礼を言われるような事じゃないさ。これで君の、憂いが一つ無くなってくれたのなら嬉しいよ」
ニッと眩しい笑顔を浮かべながら、元気をくれるようにパンと背中を叩いてくれた白塚先輩。
そんな先輩の笑顔は、とても頼もしかった。
そこは文化祭当日なだけあって多くの人で賑わっており、制服姿の在校生はもちろん、一般客も多く見られた。
だけどここまで来たはいいけど、何だか家を出た時よりも足が重く感じる。白塚先輩は大丈夫って言っていたけど、だんだんと不安になってきた。
すると、そんな私の様子に気づいた先輩が優しく言う。
「千冬ちゃん、ひょっとして緊張してる? どうする、岡留くんに会う前に、少し見て回ろうか。ちょっとは落ち着くかもしれないよ」
「そうします。……写真部の皆さんにも、挨拶したいですし」
連絡も無しに休んでしまっていたけど、里紅ちゃんや楓花ちゃんは、怒ってないかなあ。
一緒に準備を進めてきたコスプレ撮影会がどうなったかも、気になっている。
だけど移動の最中。校舎の出入り口までやって来た時、聞き覚えのある声が聞こえてきて、足を止めた。
「一年三組の教室で、喫茶店やってまーす。よかったら来てくださーい!」
明るくて元気のいい声。だけどそれは、不安を抱えていた私の心を、さらに曇らせるもの。
声のした方を見ると、そこには昨日の騒動の当事者である、杉本さん達の姿があった。
ピンクのふりふりのエプロンをつけて、案内のプラカードを持って客引きをやっているのは、いずれも昨日の女子生徒達。
同じ学校なんだからいて当たり前なんだけど、岡留くんや写真部の事で頭がいっぱいで、今の今まで彼女達と会う可能性を全く考えていなかった。
(杉本さん達、楽しそうだなあ。昨日、あれだけの事をしてきたのに……)
のんきに文化祭を楽しむ彼女達を見ていると、つい嫌な気持ちが込み上げてきてしまう。
ダメ。ここで怒って、また吹雪でも起こしたら、今度は文化祭がメチャクチャになっちゃう。
ここは見なかったフリをしてやり過ごそう。そう思ったけど。
立ち去ろうとした時にふと、杉本さんの右手に包帯が巻かれていることに気がついた。
(あの怪我、昨日の……)
胸の奥が、ズキリと痛む。
杉本さん、一見楽しそうに客引きをやっているように見えるけど、実際は何を思っているのだろう?
(昨日の事なんて、もう全部忘れてしまってる? それとも……)
生憎、遠巻きに見ているだけでは、彼女の心中なんて分からない。平気そうに見えるけど、実は無理をしていると言われたら、そうなのかもと思ってしまいそう。
先に意地悪をしてきたのは杉本さん。だけど、それでも傷つけてしまったことに変わりはない。
どうする? このまま立ち去ることだってできる。だけど……だけど……。
私は深呼吸をして、奥歯を強く噛み締めた。
「千冬ちゃん、どうかしたのかい?」
「先輩。みんなの所に行く前に、やっておかなければいけない事があるんです。すぐに終わりますから、待っていてください」
杉本さん達はこっちに気付かずに呼び込みを続けているけど、私はそんな彼女達に歩み寄って、声をかけた。
「——杉本さん!」
「——あ、アンタは⁉」
杉本さんは私を見るなり、さっきまでの笑顔から一転。恐怖で凍り付いたような顔に変わって、動きが止まる。
やっぱり昨日の事を、気にしていないわけじゃなかったんだ。
冷気を出して凍傷を負わせたんだもの。きっとよほど私のことが怖いのだろう。
周りの子達も次々と、「ヤバい」、「逃げよう」と、まるで化け物でも見たような反応をしてくる。
いや、実際に彼女達からしたら、私は化け物なのかも。逆らったら何をされるか分からないならなんて、思っているのかもしれない。
昨日別れた後、彼女達が私の事をどう思ったのか。今日どんな気持ちで学校に来たのかなんて分からない。ただ一つ言えるのは、このまま逃がしてはいけないという事。
手を伸ばして、背を向けた杉本さんの襟首を掴むと、彼女は「ひっ」と声を上げて、足を止めた。
「待って、話を聞いて! 杉本さん、その手の怪我、私のせいだよね」
「だ、だから何⁉ アタシはもう、アンタに手を出さないから、それで良いでしょ!」
その声は震えていて。怖いと言う気持ちが、痛いほど伝わってくる。だけど、私だって覚悟を決めて声をかけたんだもの。このままサヨナラなんてさせない。
「良くないよ。怪我をさせた事を、謝らせて!」
「そんなこと言われても困……って、へ?」
掴んでいた手を放して、「ごめんなさい」と深々と頭を下げる。
杉本さんも彼女の周りの女子達も、呆気にとられたようにポカンとしていたけど、私は構わず続けた。
「先に手を出してきたのは杉本さん達だし、本当言うと、私の方が酷い事をされたとは思うけど……」
「―—ッ! アンタは謝りたいんじゃなかったの⁉」
「う、うん。それはもちろん。杉本さん達にはたくさん嫌がらせをされたけど、それでも傷つけていい理由にはならないから。……だから、ごめんなさい!」
もう一度、声を大にして謝る。こんなのはただの自己満足かもしれないけど、それでもちゃんとケジメをつけておかないといけないって思ったから。
気が付けば公衆の面前で謝っている私達は行き交う人達から注目を浴びていて。もしかしたら傍から見れば、杉本さん達が私をイジメているように見えたのかもしれない。
「分かった、分かったからもういいでしょ。……アタシ達は、もう行くから」
困ったような、バツの悪そうな様子の杉本さん。
どうやらすぐにでもこの場を離れたいらしいけど、そんな彼女の願いはすぐに阻まれた。
「まあ待て。今しばらく、今度は私と話をしてはくれないかな」
立ち去ろうとした杉本さん達だったけど、白塚先輩に声をかけられて、強制的に足を止めさせられる。
途端に、まだ何かあるのと言わんげに顔をしかめたけど、これには私も困惑した。
先輩、話っていったい?
「何か用ですか? アタシ達、忙しいんです」
「なあに、すぐ終わるさ。私は郷土研部長の白塚だけど、千冬ちゃんがお世話になったそうだから、ちょっと話がしたくてね」
穏やかに言う白塚先輩だったけど、杉本さん達は明らかに警戒しているし、私もハラハラ。
しかし先輩の言う話と言うのは、予想外のものだった。
「君は雪女と猟師の、昔話を知っているかい?」
「「は?」」
私と杉本さんの声が、見事に重なった。先輩、いったい何を?
白塚先輩が言っているのは、前に岡留くんとも話した、吹雪の山小屋で遭遇したあの雪女の話だよね?
有名な話だから杉本さんも知っているみたいで、戸惑いながらも一応頷いている。
「そうか、知っているか。なら話が早い?それじゃあ雪女が猟師とした約束の事も、知っているね。雪女の事は、誰にも話しちゃいけない。もし話したらどうなるか、……分かっているよね?」
「そ、それって」
杉本さんは引きつった……いや、恐怖に染まった顔をしながら、こっちを見てくる。
待って待って待って、絶対に何か勘違いしてるでしょ。そのお話の雪女は、自分の事を誰かに話したら凍らせるって言ったけど、私はそんな事しないから!
だけど杉本さんも周りの女子達もすっかり誤解したみたいで。青い顔をしながら、コクコクと頷いている。
「わ、わわわわ分かった。絶対に言わないから!」
「もう勘弁してよ。私達だって反省してるんだから」
それだけ言い残すと、後はもう脱兎の如く。これ以上は関わりたくないと言った様子で、今度こそ去って行く。
私は呆気にとられて、それを見送ることしかできなかったけど、よかったのかなあ。大きな誤解を与えた気がするんだけど。
「先輩、なんであんな事を。後で脅されたとか、言われないでしょうか?」
「何を言っているんだい、一言も脅してなんかいないじゃないか。私はただ、有名な昔話について語った。ただそれだけさ」
そ、そうですか。何だかズルい気もするけど、これで良かったのかも。
あの様子だと杉本さん達、私が雪女だって事は秘密にしてくれそうだし。誰かに話されたりSNSで拡散されたりしたら大変な事になりかねないから、正直助かった。
「……先輩、ありがとうございます」
「お礼を言われるような事じゃないさ。これで君の、憂いが一つ無くなってくれたのなら嬉しいよ」
ニッと眩しい笑顔を浮かべながら、元気をくれるようにパンと背中を叩いてくれた白塚先輩。
そんな先輩の笑顔は、とても頼もしかった。