アオハル・スノーガール
妖怪研究会と、彼との再会
郷土文化研究部の部室があるのは、一年生の教室があるのとは別の、文化部の部室が並んでいる校舎の端っこ。
先輩に案内されながらやって来た私は、内側へと開かれたドアを潜って、室内へと足を踏み入れる。
中はそんなに広くなく、部屋の真ん中に長机があって、壁という壁の前には、何やら難しそうな資料が入った棚が、所狭しと並んでいた。
「さあ、ここが私達の活動場所だ。私達って言っても、実働部員は二人しかいなくて、後は名前だけ貸してもらっている幽霊部員なんだけどね」
苦笑しながら説明する白塚先輩。って、二人しかいないんですか?
そんなマイナスイメージになるようなこと、黙っておけば良いのに。
けど、もしも入部したらわかることだし。大事なことは隠さないってスタンスなのかな?
そんな事を考えながら、棚に並んだ本の数々を、ぼんやりと眺めていく。
郷土文化研究部と言うだけあって、歴史の本とか、この辺の土地の文化についてまとめた資料とかがたくさんあるけど、生憎私はあんまり歴史に興味無いし……あれ?
一つ隣の棚を見て、目を止めた。
そこにあった本のタイトルは、『妖怪大図鑑』。あれ、郷土文化研究部なのに、何でこんな物が?
不思議に思ったけど、もしかしたら妖怪伝説について調べるための資料とか?
あり得ない話じゃないかも。天狗や河童と言った妖は実在していて、昔から人間のすぐ隣で、ひっそりと暮らしている。土地の文化や歴史に関わっている事だって少なくない。雪女の私が言うのだから、間違いない。
だけどそのすぐ横を見て、またしても目が点になった。いや、正確に言うと気になったのは、その棚全体のラインナップ。
そこに並んでいたのは『○○地方の天狗伝説』、『妖と文化の密接な関係』と言った妖にまつわる伝説や解説をまとめた本や、妖をモチーフにしていると思われる小説まである。
その棚全部、ううん、よく見るとその隣の棚も同じように、妖関係の本で埋め尽くされていた。
ええと、これ全部、郷土研究のための資料ですか? いや、それにしたって、多すぎる気がする。
困惑していると、横でこっちを見ていた白塚先輩が、ニッと口角を上げて笑みを浮かべた。
「何か気になった事でもあったのかい?」
「えーと、あの。心無しか、やけに妖の本が多いような?」
「気づいてしまったか。思った通り、やはり君は頭が良いね」
頭が良いというか、こんなの誰だって気づくと思うけど。
すると先輩は私の疑問に答えるべく、ハッキリと言い放つ。
「別に隠すつもりはないから、言っておくよ。私達郷土文化研究部、通称『郷土研』は、表向きはあらゆる土地の歴史や文化を調べる部活だけど、生徒の間ではこう言われている。『妖怪研究会』と」
「よ、妖怪研究会!?」
「そう。その名の通り、妖について調べて、研究していく部活だ。私はこう見えて、妖が好きでね。廃部になりそうだった郷土研を乗っ取り……もとい、本来の活動をする傍ら、妖研究の場として利用できないかと思い、日々活動を続けているんだ」
流暢に語る白塚先輩は、非常に良い笑顔をしている。この人、妖マニアだったんだ。
けど反対に私は、ガタガタと震えそうになるのを必死に堪えていた。
妖マニアの先輩が、雪女である私を勧誘しに来たということは。ま、まさか正体がバレてる!?
何で? 先輩とは初対面のはずなのに!?
「あ、あの。先輩が妖マニアだってことは分かりましたけど、それでどうして、私を誘うんですか?」
聞くのが怖いけど、ハッキリしないのもそれはそれで怖い。
すると先輩は、「それはね」と言って、棚から手のひらくらいのケースに入った、何かを取り出してくる。蓋を開けて出てきたのは……カード?
「これって、タロットカードですか?」
「そう。実は妖とは別に、占いも好きでね。昨夜これで、今日の運勢を占っていたんだ。そしたら、部活の運命を左右する、素敵な出会いがあると出たのだよ」
え、タロット占いって、そんなピンポイントな事まで分かるんですか?
「それで私は考えた。素敵な出会いって何だろうって。そしたら今日、一年に転校生が来るそうじゃないか。もしかしたらカードが示しているのは、その転校生の事ではないかと思い……」
「……まさかそれだけで、私の所に来たってわけですか?」
「そういう事だ」
胸を張る白塚先輩を見て、何だか脱力。
よかったー。ということは、雪女だってバレたわけじゃないんだ。
占いで出たから勧誘しに来たなんて、まるで予想外。
あ、でも先輩が妖マニアなら、雪女の私と会うのが素敵な出会いって言うのも、あながち間違っていないかも。タロット占い、案外バカにできないかもしれないなあ。とはいえ。
「あの、事情は分かりましたけど、私は別に妖に興味があるわけでも、郷土研究がしたいわけでもないので」
「ダメかい?」
悲しそうな目をされて、ちょっと心が痛んだけど。ごめんなさい、これだけは無理です。
だって私は、自分が雪女だってことを隠したいのに、先輩はわざわざ部活動で調べたいくらい、妖に興味津々。もしかしたら何かの拍子で、正体がバレてしまう可能性だってある。
それにここが妖怪研究会って言われているなら、ひょっとしてもう一人いるという部員も、妖怪マニアだったりするのかなあ? だとしたらそんな危険な部活になんて、入れるわけないよ。
いつ正体がバレないか毎日ハラハラさせられるなんて、冗談じゃないもの。
「ごめんなさい、やっぱりこの話はなかった事に……」
申し訳ないけど、ここはハッキリ断っておこう。
だけど言い終わる前に、閉ざされていた部室のドアがガチャリと音を立てた。
「あれ、お客さん?」
入ってきたのは、サラサラとした黒髪と長い睫毛をした整った顔立ちの男子生徒。
だけどそんな彼を見て、私は目が点になった。
「紹介するよ。彼はさっき話したもう一人の部員で、君と同じ一年生の……ん、千冬ちゃん?」
先輩が何か言っているけど、まるで頭に入ってこない。だって、だって彼は。
「ほ、保冷剤の!」
それは数日ぶりの再会。
もう一人の部員だと言う男子生徒は、こっちに引っ越してきたあの日。バスで溶けそうになっていた私を助けてくれた彼に他ならなかった。
ま、まさかこんな所でまた会えるなんてー!
驚きでいっぱいになっていると、彼も私の事を思い出したみたいで。「ああ」と声を漏らす。
「あの時の子か。うちの生徒だったんだ」
「は、はい! 今日転校して来ました、綾瀬千冬って言います。あの、またお店に行くって言ったのに、まだ行けてなくてすみません!」
これでもかってくらい、深ーく頭を下げる。
実はあの後、彼の家である喫茶店を訪れようとは思ったけど、引っ越しのバタバタで時間がとれずにいたのだ。
「別に気にしなくていいよ。それより何でここに? もしかして、部長の仕業?」
彼は怪訝そうに白塚先輩をジトッと見つめるけど、先輩の方も事情が飲み込めずに、困惑している様子。
「勧誘しようと思って連れてきたんだけど。君達は知り合いだったのかい?」
「はい。ええと、実はですねえ」
溶けそうになっていたとは言えないから、熱中症になりかけていたところを助けてもらったという事で、何があったかを話していく。
保冷剤をもらって、助けてもらった経緯を説明すると、先輩はクスリと笑った。
「なるほどね、それで『保冷剤』か。確かに岡留くんは、常に保冷剤を持ち歩いている暑がりだから、その印象は間違っていないかな。千冬ちゃん、彼は岡留直人くん。クラスは違うけど、君と同じ一年生だよ」
白塚先輩の紹介で、ようやく名前を知ることができた。そっか、岡留くんって言うのか。
「ところで話を戻すけど。千冬ちゃん、さっき言いかけてた事は何かな?」
「え、ええと……」
どうしよう。入部の話を断ろうとしていたけど、岡留くんも部員なんだよね。
前にお世話になったのに、断ったりしたら失礼じゃないかなあ?
「千冬ちゃんが入ってくれたら、きっと楽しくなると思うのだけとなあ。岡留くんもそう思うだろう?」
「俺? うーん……」
じっと見つめられて、何だか恥ずかしい。ど、どうなんだろう? 岡留くん、喜んでくれるのかなあ?
不思議なドキドキを胸に宿しながら待っていると、彼は静かに答える。
「別に無理に入る事はないと思う。俺が言うのもなんだけど、変な部活だし」
そ、そうですかー。
クールで淡々とした口調で言われて、ちょっとへこんじゃう。
別に何かを期待していたわけじゃないけど、少しくらい引き留めてくれてもなんて、勝手な事を思ってしまう。でも……。
「ただ個人的には、入ってくれた方が嬉しいかな」
「そ、そうですか!?」
ニコリともしないで頷ずく岡留くん。だけど『嬉しい』の一言が、何度も胸の中で繰り返される。
「遠回しな言い方をしないで、入ってほしいなら素直にそう言えば良いのに。千冬ちゃん、彼は無愛想だけど、内心部員が増えるかもしれないって、とても喜んでいるんだよ」
白塚先輩はそう言ったけど。まさか。
だけど意外にも、岡留くんはそっと目をそらすばかりで、否定はしてこない。
どうしよう。別に入りたい部活なんてないけど、妖怪研究会かあ。
白塚先輩はもちろん、部員という事はちょっと意外だけど岡留くんも、妖に興味があるってことだよね?
そんな人達と一緒にいたら、私が雪女だってことがバレちゃうかもしれない。でも無下に断るのも気が引けるし……。
迷っていると、白塚先輩が思い付いたように提案してくる。
「なんなら試しに、仮入部してみたらどうかな。今日の放課後、一緒に部活をやってみるんだ。その上で、入るかどうかを決める。どう?」
「じゃ、じゃあそれでお願いします」
白塚先輩と岡留くん。二人の顔色を窺いながら、おずおずと返事をする。
秘密の事を考えたらはっきり断った方がいいのに。それでも同意してしまったのは、頼まれると断れない性格だからか。それとも無意識のうちに、何か気になる事があったからなのか。
答えは、自分でもよくわからなかった。