アオハル・スノーガール
岡留くんの恋バナ
郷土文化研究部、通称郷土研。そして別名、妖怪研究会かあ。
まさか雪女である事を隠している私が、そんな部活に入るだなんて。まあ妖を研究する部活に妖がいるっているのは、ある意味お似合いなんだけどね。
そんな入部を決めた次の日。今日は土曜日で学校はお休みなんだけど、私は夏休みにやり残していた宿題を終わらせるべく、外に出掛けていた。
宿題と言っても、学校の宿題じゃないけど。
やって来たのは、こっちに引っ越して来た日に訪れた、岡留くんのお家の喫茶店。
昨日神社からの帰りに、保留になっていたお店に行くという話をしたんだけど、いつでも来て良いって言われたから。善は急げと言うことで、さっそく来ちゃった。
時刻はお昼前。幸い、今日は途中で気分が悪くなるなんて事はなかったけど。お店の前まで来て、急に不安な気持ちになってきた。
(岡留くん、昨日は来て良いって言ってたけど、昨日の今日で来るのは早すぎたかな?)
馴れ馴れしいって、思われたりしないよね? あと私服を見られても恥ずかしくないようオシャレしてきたけど、お茶を飲みに来ただけなのに気合い入りすぎって思われたらどうしよう。
(へ、平気だよね。別に特別な意味なんてないんだから)
大丈夫と何度も自分に言い聞かせて。意を決して、お店の中に入ろうとドアに手を伸ばす――
……ガチャ。
私が開けるよりも先にドアは開かれて、中から二人の男性客が出てきた。
慌てて道を譲ったけど、ドアの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「綾瀬?」
中を覗き込むと、そこには以前にも見たウェイター服姿の岡留くんがいて。「こんにちは」と挨拶をしてからおずおずと中に入った私は、カウンター席に座った。
「本当に来たんだな」
「はい。ここの紅茶やアイス、美味しかったから。迷惑でした?」
「いや。悪い、言葉間違えた。来てくれて嬉しい」
嬉しい、か。ふふ、社交辞令だったとしても嬉しいや。
思わずニヤけてしまいそうになるのを堪えていると、カウンターの奥にいたマスター。岡留くんのお父さんが、私に目を向けてくる。
「君、この前直人が連れてきた子だよね。学校の友達だったのかい?」
「は、はい。昨日転校して来ました。ええと、友達と言うか……」
「同級生」
友達って言っていいのかなーって迷っていた私の言葉を、岡留くんがバッサリと切る。
友達でなく同級生、か。ですよねー、まだ会って間もないのに友達なんて、調子に乗りすぎたかも。
まだ友達認定されていなかった事に、しょんぼりと肩を落としていると、岡留くんのお父さんが慌てたように言う。
「ごめんよお嬢ちゃん。うちの子、口ベタでねえ。直人、お前はもう少し言い方を何とかしなさい」
お父さんによるお説教タイム……と思いきや。お店のドアが開き、夫婦と思われる年配の男女が入ってきて、お父さんはそっちの対応へと移る。
となると、必然的に私の相手をしてくれるのは岡留くんになるわけで。アイスティーを注文すると、すぐに用意してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。やっぱり美味しいです」
アイスティーなら東京に住んでいた頃、何度かカフェで飲んだ事があったけど、こっちの方が美味しいや。
だけど飲んでいるとふと視線を感じて。目を向けると岡留くんが、じっとこっちを見ていた。
「な、何でしょう? また顔にアイスでもついてます?」
「いや、そうじゃなくてさ。さっきは態度悪かったと思って。ゴメン」
えっ、えっ?
いきなり頭を下げられてビックリ。別に態度が悪いなんて、思わなかったけど。
「悪かった。いきなり友達なんて言っても、馴れ馴れしいかなって思って」
「ああ、その事ですか。そんなの、全然気にしなくていいですよ。実は私も、友達って言っていいか分かりませんでしたから」
「それでも、嫌な思いさせちまっただろう。顔に書いてあった。俺、愛想悪いし口ベタだから、知らないうちに気を悪くさせてる事が多くて」
「大丈夫、本当に平気ですから」
慌てて返しながら、内心ホッとする。そっか、嫌われてるわけじゃなかったんだ。私と同じで、距離感が分からなかっただけだったんだね。
岡留くん、あんまり笑わないし口数も少ないから、もしかしたら迷惑かけてるかもって心配だったけど、ちょっと安心した。
「それじゃあこれからは、友達って事でいいですか?」
「まあ、綾瀬が迷惑じゃないなら」
「迷惑なんてとんでもない。私も、岡留くんと友達になりたいです」
恥ずかしい事を言っている気もするけど、これは偽りの無い私の本心。
そしたら岡留くん、ふっと微笑んだと思ったら、「ありがとう」って返してくれて。胸の奥がくすぐられたような気持ちになる。
わわっ、なんて破壊力!
火照った頭を冷やすように、アイスティーを口に流し込んで、深呼吸して心を落ち着かせる。
愛想悪いなんて言ってたけど、時々覗かせる柔らかな表情は、私をドキドキさせるには十分だ。
するとカウンターの隣で、さっき入ってきたご夫婦が、暖かな目で私達のことを見る。
「おやおや、仲の良いこと」
「ははは、こんな可愛い友達がいるなんて、直人くんも隅に置けないねえ」
そんな事を言われて、私は恥ずかしくて小さくなってしまったけど。
岡留くんは接客には慣れているのか、冷静に返している。
「今の話、ちゃんと聞いてました? 綾瀬とはただの友達ですから」
「ははは、ゴメンな。うちのはそういった話が大好物でね」
「だけどねえアナタ、直人くんってばこんなに大きくなったのに、浮いた話の一つも聞かないんだもの。彼女がいたって、おかしくないのにねえ」
まるで恋バナ好きの女の子のように、楽しそうな奥さん。
「生憎、そういった話とは縁がありません。そもそも相手がいませんし」
「あらそうなの? 直人くん格好良いのにねえ」
「買いかぶりですよ」
岡留くんはそう言うけど、私も意外だなあって思った。
だって今の彼、清潔感のある服装で紅茶やコーヒーを淹れる姿はたいへん絵になっていて、思わず見とれちゃうもん。
思わぬ形で聞いた恋愛事情に胸をざわめかせながら彼をじっと見つめていると、彼はそんな私に気づいてくる。
「どうした?」
「ごめんなさい、ちょっとビックリして。岡留くん人気ありそうなのになーって思ってました」
「全然そんなこと無いから。無愛想だとか、趣味が残念とか言われる事なら、しょっちゅうだけど」
あ、ああ、なるほど。失礼だけど、納得してしまった。
さっきも言っていたけど、岡留くんは話すの得意じゃなさそうだし、妖好きというマニアックな趣味は、人によっては、敬遠されるというもの分かりはする。
だけど、せっかく格好いいのに勿体ないなあと思う反面、何故か少しホッとしてしまっている自分がいた。
「それじゃあ岡留くんは好きな人とか、気になる女の子とかはいないんですか?」
「まあ、初恋くらいならあるけど。……子供の頃から、好きなやつはいる」
え、そうなんですか!?
恋バナをしているって言うのに、表情ひとつ変わらずポーカーフェイスを崩さない彼だったけど。反対に私は自分で聞いたくせに、心臓が跳ね上がるくらい、ドキッとしてしまった。
子供の頃から好きって事は、もしかして今でもその人の事が好きなのかな?
相手はいったい、どんな人なんだろう? 同級生の女の子? それとも意外と、テレビに出ているようなアイドルが初恋だったとか? あり得ない話じゃないよね。
とっても気になるけどデリケートな話だから、これ以上突っ込んでもいいのか、迷ってしまう。
聞きたい気持ちと、聞いちゃダメって気持ちがせめぎあったけど……ええい、聞いちゃえ。このままだと、モヤモヤしちゃうもん。
「その初恋の人って、どんな人なんですか? きっと素敵な人なんだろうなあ」
すると岡留くんは考えたように黙って。そっと人差し指を唇の前に立てて見せた。
「……秘密」
秘密、ですか。やっぱりそう簡単に教えてもらえるほど、甘くはないよね。
だけど、恋バナができたのは楽しかった。
「秘密」と口にした時の可愛い仕草を思い出しながら、私はもう一杯、アイスティーを注文するのでした。
まさか雪女である事を隠している私が、そんな部活に入るだなんて。まあ妖を研究する部活に妖がいるっているのは、ある意味お似合いなんだけどね。
そんな入部を決めた次の日。今日は土曜日で学校はお休みなんだけど、私は夏休みにやり残していた宿題を終わらせるべく、外に出掛けていた。
宿題と言っても、学校の宿題じゃないけど。
やって来たのは、こっちに引っ越して来た日に訪れた、岡留くんのお家の喫茶店。
昨日神社からの帰りに、保留になっていたお店に行くという話をしたんだけど、いつでも来て良いって言われたから。善は急げと言うことで、さっそく来ちゃった。
時刻はお昼前。幸い、今日は途中で気分が悪くなるなんて事はなかったけど。お店の前まで来て、急に不安な気持ちになってきた。
(岡留くん、昨日は来て良いって言ってたけど、昨日の今日で来るのは早すぎたかな?)
馴れ馴れしいって、思われたりしないよね? あと私服を見られても恥ずかしくないようオシャレしてきたけど、お茶を飲みに来ただけなのに気合い入りすぎって思われたらどうしよう。
(へ、平気だよね。別に特別な意味なんてないんだから)
大丈夫と何度も自分に言い聞かせて。意を決して、お店の中に入ろうとドアに手を伸ばす――
……ガチャ。
私が開けるよりも先にドアは開かれて、中から二人の男性客が出てきた。
慌てて道を譲ったけど、ドアの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「綾瀬?」
中を覗き込むと、そこには以前にも見たウェイター服姿の岡留くんがいて。「こんにちは」と挨拶をしてからおずおずと中に入った私は、カウンター席に座った。
「本当に来たんだな」
「はい。ここの紅茶やアイス、美味しかったから。迷惑でした?」
「いや。悪い、言葉間違えた。来てくれて嬉しい」
嬉しい、か。ふふ、社交辞令だったとしても嬉しいや。
思わずニヤけてしまいそうになるのを堪えていると、カウンターの奥にいたマスター。岡留くんのお父さんが、私に目を向けてくる。
「君、この前直人が連れてきた子だよね。学校の友達だったのかい?」
「は、はい。昨日転校して来ました。ええと、友達と言うか……」
「同級生」
友達って言っていいのかなーって迷っていた私の言葉を、岡留くんがバッサリと切る。
友達でなく同級生、か。ですよねー、まだ会って間もないのに友達なんて、調子に乗りすぎたかも。
まだ友達認定されていなかった事に、しょんぼりと肩を落としていると、岡留くんのお父さんが慌てたように言う。
「ごめんよお嬢ちゃん。うちの子、口ベタでねえ。直人、お前はもう少し言い方を何とかしなさい」
お父さんによるお説教タイム……と思いきや。お店のドアが開き、夫婦と思われる年配の男女が入ってきて、お父さんはそっちの対応へと移る。
となると、必然的に私の相手をしてくれるのは岡留くんになるわけで。アイスティーを注文すると、すぐに用意してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。やっぱり美味しいです」
アイスティーなら東京に住んでいた頃、何度かカフェで飲んだ事があったけど、こっちの方が美味しいや。
だけど飲んでいるとふと視線を感じて。目を向けると岡留くんが、じっとこっちを見ていた。
「な、何でしょう? また顔にアイスでもついてます?」
「いや、そうじゃなくてさ。さっきは態度悪かったと思って。ゴメン」
えっ、えっ?
いきなり頭を下げられてビックリ。別に態度が悪いなんて、思わなかったけど。
「悪かった。いきなり友達なんて言っても、馴れ馴れしいかなって思って」
「ああ、その事ですか。そんなの、全然気にしなくていいですよ。実は私も、友達って言っていいか分かりませんでしたから」
「それでも、嫌な思いさせちまっただろう。顔に書いてあった。俺、愛想悪いし口ベタだから、知らないうちに気を悪くさせてる事が多くて」
「大丈夫、本当に平気ですから」
慌てて返しながら、内心ホッとする。そっか、嫌われてるわけじゃなかったんだ。私と同じで、距離感が分からなかっただけだったんだね。
岡留くん、あんまり笑わないし口数も少ないから、もしかしたら迷惑かけてるかもって心配だったけど、ちょっと安心した。
「それじゃあこれからは、友達って事でいいですか?」
「まあ、綾瀬が迷惑じゃないなら」
「迷惑なんてとんでもない。私も、岡留くんと友達になりたいです」
恥ずかしい事を言っている気もするけど、これは偽りの無い私の本心。
そしたら岡留くん、ふっと微笑んだと思ったら、「ありがとう」って返してくれて。胸の奥がくすぐられたような気持ちになる。
わわっ、なんて破壊力!
火照った頭を冷やすように、アイスティーを口に流し込んで、深呼吸して心を落ち着かせる。
愛想悪いなんて言ってたけど、時々覗かせる柔らかな表情は、私をドキドキさせるには十分だ。
するとカウンターの隣で、さっき入ってきたご夫婦が、暖かな目で私達のことを見る。
「おやおや、仲の良いこと」
「ははは、こんな可愛い友達がいるなんて、直人くんも隅に置けないねえ」
そんな事を言われて、私は恥ずかしくて小さくなってしまったけど。
岡留くんは接客には慣れているのか、冷静に返している。
「今の話、ちゃんと聞いてました? 綾瀬とはただの友達ですから」
「ははは、ゴメンな。うちのはそういった話が大好物でね」
「だけどねえアナタ、直人くんってばこんなに大きくなったのに、浮いた話の一つも聞かないんだもの。彼女がいたって、おかしくないのにねえ」
まるで恋バナ好きの女の子のように、楽しそうな奥さん。
「生憎、そういった話とは縁がありません。そもそも相手がいませんし」
「あらそうなの? 直人くん格好良いのにねえ」
「買いかぶりですよ」
岡留くんはそう言うけど、私も意外だなあって思った。
だって今の彼、清潔感のある服装で紅茶やコーヒーを淹れる姿はたいへん絵になっていて、思わず見とれちゃうもん。
思わぬ形で聞いた恋愛事情に胸をざわめかせながら彼をじっと見つめていると、彼はそんな私に気づいてくる。
「どうした?」
「ごめんなさい、ちょっとビックリして。岡留くん人気ありそうなのになーって思ってました」
「全然そんなこと無いから。無愛想だとか、趣味が残念とか言われる事なら、しょっちゅうだけど」
あ、ああ、なるほど。失礼だけど、納得してしまった。
さっきも言っていたけど、岡留くんは話すの得意じゃなさそうだし、妖好きというマニアックな趣味は、人によっては、敬遠されるというもの分かりはする。
だけど、せっかく格好いいのに勿体ないなあと思う反面、何故か少しホッとしてしまっている自分がいた。
「それじゃあ岡留くんは好きな人とか、気になる女の子とかはいないんですか?」
「まあ、初恋くらいならあるけど。……子供の頃から、好きなやつはいる」
え、そうなんですか!?
恋バナをしているって言うのに、表情ひとつ変わらずポーカーフェイスを崩さない彼だったけど。反対に私は自分で聞いたくせに、心臓が跳ね上がるくらい、ドキッとしてしまった。
子供の頃から好きって事は、もしかして今でもその人の事が好きなのかな?
相手はいったい、どんな人なんだろう? 同級生の女の子? それとも意外と、テレビに出ているようなアイドルが初恋だったとか? あり得ない話じゃないよね。
とっても気になるけどデリケートな話だから、これ以上突っ込んでもいいのか、迷ってしまう。
聞きたい気持ちと、聞いちゃダメって気持ちがせめぎあったけど……ええい、聞いちゃえ。このままだと、モヤモヤしちゃうもん。
「その初恋の人って、どんな人なんですか? きっと素敵な人なんだろうなあ」
すると岡留くんは考えたように黙って。そっと人差し指を唇の前に立てて見せた。
「……秘密」
秘密、ですか。やっぱりそう簡単に教えてもらえるほど、甘くはないよね。
だけど、恋バナができたのは楽しかった。
「秘密」と口にした時の可愛い仕草を思い出しながら、私はもう一杯、アイスティーを注文するのでした。